第138話、むかしむかしあるところに。

 細柳小枝による話は以下の通りだった。


 まだ日本に神々が住んでいた頃、昼は天照大御神という太陽神が、夜は月読命という月の神が、そして大地と海は須佐之男命という荒神が管理していたという。

 しかしある時、あまりにも須佐之男命が暴れ狂うもので、それに耐えきれなくなった天照大御神は一人洞窟に閉じこもって閉まったらしい。

 天照大御神が居なくなったことで世界に闇が訪れ、その夜を終わらせるために神々は一致団結して祭りを開いた。その祭りによって、天照大御神は再び顔を出し、世界に昼が戻ってきた。


 というのが一般的に広まっている日本神話。しかし、実はその裏で異なる事象が起こっていたというのだ。

 どうも、天照大御神、月読命、須佐之男命、この三人の母親である伊邪那美は、冥府の神なのだとか。死者の世界に住み、魑魅魍魎を支配する。闇の世界の女王。

 本来であれば現世と相入れることの無い存在。ところが、ある時伊邪那美は魑魅魍魎を従えて世界を闇で包み込んでしまったらしい。

 その邪智暴虐な母親を倒すべく、三人の神は力を合わせて戦った。しかし、黒幕は母親ではなかったのだ。

 ようやく伊邪那美を倒したと確信したその瞬間、天照大御神が死者や魑魅魍魎を操り暴走し始めた。実の所、真の黒幕は天照大御神だったというのだ。

 そんな彼女を封印するために用いられたのが、八咫鏡。須佐之男命は八咫鏡に天照大御神を閉じ込めた。そして月読命はいつの時代に復活しても良いように、対処法と起こりうる未来を予見した言霊を文字として未来に託した。

 細柳小枝は、そんな文章を偶然発見してしまった張本人だということだった。本当に偶然、神の残した書物を手にしてしまっただけ。


「そして、その書物にはこう書かれているのであります。『冥府の使いとして、決して口にしては行けない二体の禁忌タブーが存在する。一人は毒と霧の女、魅皇みこ。妖艶さに騙されるべからず。そしてもう一人は炎と武を極めし白髪の生えた青年、魑君ちくん。彼らに鏡を奪われるな。もし奪われたなら、本体と接触する前に破壊せよ』これが本の教えであります!」


「なるほど、それでお前は……鏡を壊そうとしていたのかッ!」


「そ、そういうことであります。というか松本くん、大丈夫でありますか!」


 細柳が心配するのも無理はなかった。俺の体は魅皇の攻撃により無数の傷がつき、もう一人の男、たしか魑君といったな。そいつのせいで酷く打撃痕が残ってしまった。


「朕は長きに渡る戦闘も与太話も好かぬ。良くもまぁベラベラと」


「ほんにほんに。わっちもだんだん耳が痛とうなったでありんす。深く謝罪しておくんなまし」


 そんなことを口にする魑魅の二人ではあったが、明らかに疲弊が見えた。やはりお金がある状態の俺には勝てないらしい。


「細柳、俺に投資しろ」


 俺はそう発すると、腰に手を当てる。細柳も全てを理解したのだろう。大きく頷くとポケットから一万円札を取り出した。

 譲渡の意図が伝わったのだろう。一万円は細かい光の粒子となって消え、俺の使用可能残高が一桁増える。


「俺の名は鬼龍院刹那きりゅういんせつな、お前を流れ星に変える者だッ!」


「ちょ、放つのが早いでありんす!」


「な、何をしようというのだね!」


 俺は二人の言葉に何も返さず、ただベルトを叩いた。腰から三つの星が浮かび上がる。


『オリオンマッスル・エクスパッション』


 三ツ星の内一つが弾け飛び、光が俺の右手に集められていく。いつもより多めに金がかかった必殺技だ。


「トランス・パンチ!」


 慌てて霧に変化しようとした魅皇の首筋を、魑君がむんずと掴んだ。逃がさないぞと言いたげの表情に、魅皇は特大の悲鳴をあげる。


「や、やめっ! やめておくんなまし! この! ふざけるなっ!」


「君は朕の盾となりた前」


「ば、馬鹿でありんすか! 二人まとめてやられるがオチでありんしょう!」


 魅皇の慌てふためきっぷりに異常性を感じたのだろう、無表情を貫き通していた魑君の眉がピクリと揺れた。しかし、時すでに遅し。俺の拳が届く距離だ。


『ファースト・トランスパンチ』


 膨大なエネルギーを含む右拳が、魅皇の腹部に突き刺さる。慌てて霧になろうとしても無駄だ。俺の右拳に伝わる感触が、魅皇にクリアヒットしたことを伝えてくれる。そのまま殴り抜けた拳は、魑君の喉元へ突き刺さった。


「ギィヤァァァァァ!」


 魅皇はこの世のものとは思えない悲鳴を上げて霧散する。そして魑君は――。


「まさか……これほどの力とは。まるであの日朕を死に至らしめた須佐之男命そのもの……ッ!」


 扇子を広げ、俺の拳を受け止めていた。


「朕もまた一つ、ここで本気を出す必要がある。つまりそういうことであるか」


 彼はそう呟くと、大きく息を吸った。皮膚が張り裂けるような音がブチブチと鳴り響き、体が大きく膨張を始める。そこで俺は初めて気がついた。彼は毛皮をまとっていたのでは無い。元々毛深かったのだと。


「朕の姿を見せるのはこれで三度目だ。ありがたいと思い、そして死ね」


 魑魅の体は見る見るうちに大きくなり、巨大な獣と化した。顔はそのまま、火傷が目立つ白髪の男。しかし角が幾分か大きく成長し、赤く発色している。全身はまるでイノシシか筋肉質のクマのようにガッシリとしており、四足歩行となった。そして四本の足はトラやライオンのような鋭い爪が顔を覗かせている。


「朕の武を前に、君はなすすべも無いだろう」


 彼はそう言葉を発すると、四本の足で地面を蹴り、宙を舞った。巨大な肉体が俺目掛けて凄い勢いで飛びかかり、そしてそのまま、頭から天井に突き刺さった。

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