第135話、時として女より大切なものありけり。
バーニングさんの言葉は恐らく、告白なのだということに気づいていた。俺は別に、鈍感なわけじゃない。
「お主にとっての特別にはなれなくとも、妾にとってお主は、特別なのじゃ」
「バーニング……さん」
バーニングさんは、至極照れくささを残したままの表情で俺の手を握りしめる。
それに感化されたのか、俺の胸もまた同様に高鳴り、頬の当たりが熱くなるのを感じた。
「松本ヒロシ。たとえ思い出になったとしても、お主のことは忘れとうない。だからこそ、敬語はやめて、対等にあってはくれぬかえ?」
彼女の言葉の真意までは掴めない。
しかし、彼女はまるでこれからの全てを諦めているようだった。というのも、表情がかなり落ち込んでいたのだ。
「バーニング……さん。わかりま……した」
俺も臆病者だ。
彼女の気持ちを組んであげたいのに、結局敬語が抜けることは無かった。
「コホン」
仕切り直そう。一つ咳払いを入れて、バーニングさんの目をしっかりと見て、そして、言うんだ。対等な立場として。敬語を抜いて、彼女の目を見て、彼女の望む対等な立場として。
「バーニング、分かっ……」
そこまで言葉が出かかって、俺は固まった。
続きの文字が、生唾と一緒に飲み込まれる。
「……なんで、ここに」
俺の視界に映ったものから、俺は目を離すことが出来なかった。
バーニングさん越しに見えたその人物に、俺は恐怖を思い出す。全身を駆け巡る、死を連想させた恐怖。
「なんでここにアイツがッ!」
俺はバーニングさんから手を離して、その場で立ち上がった。
冷や汗が止まらない。
なんせそこには、
彼女は傍らに白髪の老人を連れていた。
そしてどうやらこちらには気づいていない様子で、お化け屋敷へと入って行くのだった。
「どうしたマツモトキヨシ?」
「松本ヒロシだっての」
相変わらずのやり取りを挟みつつも、俺の目線はバーニングさんを向いてはいなかった。魅皇と老人が当たり前のように入っていったお化け屋敷の入口が気になって仕方ない。なぜこんな場所にいるのか、何をしに来たのか。そして隣にいる老人は何者なのか。
幽霊ビルに占拠して魑魅魍魎と悪巧みしていた女だ。今回もまともなことをしているとは思えない。きっと怪しい取引や悪事を働いているに決まっている。
「ちょ、マツモトキヨシ、どこへ行くのじゃ?」
「松本ヒロシな。ってかごめんバーニングさん、ちょっと急用があって……」
「……そうか」
彼女の表情は本当に悲しげで、そんなバーニングさんになんと話しかけたらいいのか分からぬまま俺は席を立った。
「すぐ戻りますんで!」
俺がそう言うと、彼女は小さく「待って」と口にした。俺のシャツを指で摘んで、目に涙を浮かべて。
しかし、俺は彼女からそっと目をそらす。お化け屋敷を見れば、今も無数の客が列を成してソワソワとしている。もう魅皇の姿は見えない。きっともう中に入ってしまったのだろう。
俺はバーニングさんの手を振り払うと、お化け屋敷に向けて駆け出した。背後から聞こえた彼女の「妾を見てくれ」という言葉は、目を瞑って。
さて、お化け屋敷の看板に近づいたものの、困った。お化け屋敷は地下にあるようで、そこまではスロープで繋がっている。ところがそのスロープに所狭しと人が並んでいるのだ。ざっと数えて三十人程度か。いやもっといるかもしれない。これだけの人数をかき分けて中に入るわけにもいかないし、かといって並ぶなど悠長なことも出来ない。
魅皇という女は平気で人を殺せる女だ。俺の足皮を捲りながら楽しげな表情を浮かべていたあの女を思い浮かべるだけでゾッとする。このお化け屋敷で何を企んでいるのかは知らない。だが、何もさせるつもりは無い。
正面からお化け屋敷に入れないとなれば、裏口か。今日は本来、バーニングさんとのデートをすっぽ抜かして、細柳小枝の動向を探るためのヒーロー活動をするつもりだった。そのためヒーロー手帳はちゃんと持ってきている。裏口から侵入したとして、仮に警察沙汰になったとしてもお咎め無しで済むだろう。それになにより、魅皇に気付かれずに奴の動向を探りたい俺としては騒ぎにしたくない。となればやることはひとつ。
「よし、誰もいないな」
俺はこっそりお化け屋敷の裏側に回りこみ、staff onlyと書かれたバリケードをくぐりぬけて薄暗い廊下に忍び込んだ。意外と遊園地の裏側も綺麗で、艶のある床がほんのりと光を反射させていた。
控え室と書かれた扉をいくつか通り過ぎ、地下へ降りる階段を見つける。小さく『お化け屋敷裏口』と書かれてあった。ここで間違いないらしい。
俺は足音を極力立てないように注意しながら階段を降りた。足元に橙色のフットライトが照らされており、それだけが頼りだ。
その先には、アルミ扉と太った男性が立っていた。
「……出部太田?」
なぜか、お化け屋敷裏口の扉の前で、細柳小枝が立っていた。太った体を小さく丸め、キョロキョロと辺りを見渡しながら、彼はそっとドアノブに手をかける。
彼の左手には分厚い本が握られており、フットライトの灯りが彼の脂ぎった皮膚をテラテラと映し出している。
「やはり……魅皇と会うつもりだったのか」
俺は彼に気付かれないよう、息を殺して背後をつけることにした。
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