第134話、ケチャップを取らずんばマスタードも取れず。


「バーニングさん、ほっぺにケチャップ着いてますよ?」


宇受売うずめぇっ、のぉ。いやはやこれ、うんめぇのぉ!」


 お昼ご飯にと、俺たちはホットドッグショップに立ち寄って一息ついていた。パラソルが刺してある真っ白なテーブルに、二人分のコーラを置いて、同じく真っ白な椅子にもたれ掛かりながら、二人してホットドッグを頬張っていた。

 店内……と言うより、ここは屋外なのだが、フードコートのようになっている。ここら一体のBGMには、なんだかどこかで聞いたような音楽が流れていた。

 だが、聞き覚えがあるフレーズだなと思えば突然キーが変わったり、そもそも歌詞が違ったりする。遊園地オリジナルソングというものだろうか。

 不特定多数がこの曲を聴いたとしても、みなが口を揃えてネズミの楽園っぽいと評価することだろう。

 遊園地の曲は近寄るのだろうか。もしかしたらそういう傾向があるのかもしれない。参加者を楽しませるための特別な周波数とか、音階とか、コードとか。もしくは単純に模倣しているだけなのか。


「バーニングさん、あんたほっぺにケチャップどころか、鼻にマスタードついてますよ」


 この人、食べるの下手くそすぎる。

 と思ったが、どうやら違うらしい。彼女はどこかイタズラな笑みを浮かべた。


「ん? あぁ、取ってくれ」


「は?」


「ほれ早う!」


 彼女は目を閉じて、頬をこちらに突き出してきた。

 横顔美人だ。肌にはハリがあり、スベスベ。近くで見るとよくわかるが、彼女は化粧をしていなかった。にも関わらずの美肌、長いまつ毛。筋の通った鼻は、太陽光を浴びて陶器を思わせる曲線美。真っ赤な唇でさえ、紅で染めたのとは違う、自然な色気を感じさせられる。


 美人だ。


 その透明感溢れる表情を直視出来ず、思わず視線を下に逸らした俺は心臓が飛び上がるような感覚に襲われた。

 彼女の和服がこれでもかとはだけており、サラシで押さえ付けていたのであろう豊満な胸がこれでもかと自己主張していたのだ。

 これは、刺激が強い。

 まるで遊女のように、肩や鎖骨、胸元までを露にしたバーニングの姿に俺の心臓は急に活気づく。

 あともう少し、あともう少し彼女が身を傾ければ胸の先にあるであろう秘部をお目にかけることも出来る……。


 と、首を伸ばして凝視する俺の頭を、バーニングさんがポンと小突いた。慌てて顔を上げれば、ニヤニヤとバーニングさんが意地悪そうな目でこちらを見つめている。


「何をドキドキしておるか」


「し、してないですよ!」


 慌てておしぼりで彼女の頬を拭いてやってから、俺はコーラを一気飲みする。


「のぉ、松本ヒロシ」


「なんですか?」


「その、敬語はやめてくれんか?」


 ふと彼女を見ると、少々照れくさそうに目を泳がせていた。照れくさいのだろう。そんな態度を取られても困る。こっちだって恥ずかしい。


「敬語……ダメですか?」


 思わず見惚れてしまいそうなバーニングさんの表情に釘付けのまま、俺は囁いた。

 そんな俺に顔を近づけたまま、彼女は照れたように頷く。


「確かに、歳の差はあるやもしれん。無論、地位の差も……」


「いや、俺別にそんな偉くないですよ」


「偉いのは妾の方じゃ、凡俗め。ちとは立場を弁えよ。死にたいのか? 打首か? 処すぞ処すぞ食後に処すぞ。妾を敬え!」


「え、えぇ……」


 いやどっちだよ。敬語やめさせたいんじゃないのかよ。なんか急に出てきた横暴な態度に先程までのドキドキが一気に冷めた。


「いやな、妾は敬われてしかるべき存在。敬語で話されるのが当たり前ではあった」


「そんなことないと思いますよ」


 ただのパチンカスで、小学生をカツアゲする女を敬うやつは居ねぇよ。


「しかしなマツモトキヨシ」


「松本ヒロシな」


「あぁ、松本ヒロシ。妾は、お主にだけなら、対等の立場でも良いと思っておるのじゃ」


 彼女の表情は、どこか寂しげだった。

 先程から何が伝えたいのか全く理解できない。が、今何となく理解した気がする。

 この人たぶん、ツンデレってやつだ。


「もしかしてバーニングさん、俺と仲良くなりたいんですか?」


「なっ、違っ! そういう訳ではなくてだな!」


 バーニングさんが明らかに動揺した姿を、恐らく初めて目の当たりにした。


「あ、仲良くしたい訳じゃないんですね。なーんだ」


 あえて彼女から目線をそらし、口笛を吹く。我ながら意地悪な態度だが、これも全てバーニングさんへのし返しだ。


「いや、あのな松本ヒロシ。ちが、ちがくはなくて……地学にあらずんば化学になりけり……っていうような感じでなぁ……その」


「何が言いたいんですか?」


 思わずニヤケてしまう。人をおちょくるのって案外楽しいんだなぁ。ヒーローが学んではいけないことを学んでしまった気がする。


「どうして、敬語をやめて欲しいんですか?」


 そう問掛ける俺の目を、彼女は少し困った表情のまま見詰めてくる。


「あぁ、妾は、その。なんというべきであろうか。その……笑うなよ?」


 俺は頬笑みを浮かべたまま小さく頷いた。彼女は頬を赤くしたまま、目線を落として唇を震わせる。


「……お、お主だけを特別扱いしたい」


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