第132話、遊園地へようこそ。

「御二方、仲がよろしいようですな!」


 遊園地の入場ゲートを超えて来た細柳小枝は、嬉しさを表情の全面に溢れさせながらこちらに近寄ってきた。

 別に仲良くはねぇよ。と言い返すつもりだったのだが、如何せん彼の背後を着けて様子を探ろうとしていた手前、負い目を感じてしまったのだろう。言葉が出てこなかった。

 そんな俺の感情などまったく知らないといった様子で、彼は手を振る。


「いやはや、奇遇も奇遇。まさか今日偶然会えるなんて。お二人はデートか何かですかな?」


 またなんとも答えにくい質問を。

 とりあえず無視だ。あぁ、こういう時は無視に限る。そう思った俺は、ふと隣にいる人物に目をやった。

 嬉しそうに駆け寄ってくる細柳小枝とは対照的に、バーニングさんは、心ここに在らずといった風だった。

 彼女の目線は常に四方八方飛び交っており、その眼光には遠くの方で回る観覧車や、頭上を駆け抜けて行ったジェットコースター、人が列をなすコーヒーカップにおどろおどろしいお化け屋敷の看板等が映っている。

 それらの非日常的風景を、ワクワクした表情で見ていた。

 完全に細柳小枝は眼中に無いらしい。目を輝かせて、どこから回ろうかと地図を開いてはソワソワしている。


 なるほど、バーニングさんは見た目に反してかなり精神年齢は幼いのかもしれない。自らの感情に素直で、常識知らず。

 きっと、今日のデートも心の底から楽しみにしていたのだろう。だからこそ朝早くから家を出て行ったし、俺と交した『佐藤亜月の前ではデートについて内緒にしたい』という約束も忘れてしまったのだと思われる。

 それくらい、彼女は自分に正直な人なのだ。

 それを俺は、ヒーロー活動だなんていう身勝手な理由ですっぽかそうとしていた。

 その事実を自覚した俺は、猛烈に申し訳ない気持ちがいっぱいになってきた。


 あぁ、俺はこんなにも素直な女性の期待を裏切り、彼女の楽しみを棒に振ろうとしていたのか。たった一人を楽しませることすら出来ずに、何がヒーローだ。


「バーニングさん、今日はたくさん時間ありますから、好きなところから回りましょ?」


「お、おう! もちろんであるぞマツモトキヨシ。流石は分かっておるなぁ!」


「それとバーニングさん、俺の名前は松本ヒロシですよ」


 笑顔を作ったまま、俺は拳を握りしめた。

 うん、殴りたい。


「あの、松本殿。き、奇遇ですなぁ!」


「あぁ、出部太田じゃん。なんだいたのか」


「ちょちょちょちょーい! 私の名前は細柳小枝ですよ!」


 どうやらこの反応から、俺が彼の後を着けていたことはバレていないらしい。それが分かれば、むしろ好都合かもしれない。一体全体何故遊園地にやって来たのが、探りを入れるチャンスだろう。


「そうだ、小枝はなんで今日遊園地に来たんだ?」


 出来るだけさりげなく、できる限り自然なトーンで。探りを入れていることを悟られぬよう問いかけたつもりだった。それなのに、彼の表情が瞬時にして変化した。


「そ、それは、その」


 この表情はとてもよく知っている。

 動揺だ。

 人が何かを隠している時、図星をつかれた瞬間に見せる表情だ。

 今朝俺も同じ顔をしたばかりだからハッキリわかる。


「なんだよぉ、言えねぇのか?」


 ニヤケながら彼を小突くと、彼は半歩下がってハハハと笑って見せた。


「ま、まぁ色々とあるのですよ!」


「なんだそれ?」


「はは、ははは。そ、そんなことより、お、お二人はなんなのですかな? あ、まさかデート?」


「は、はぁ? ま、まさか、まっさかぁ! デート? そんなん俺がするわけないだろ?」


 嘘である。完全に図星を突かれて動揺している。そんな俺の態度を見透かしたように、今度は細柳小枝が意地悪な笑顔で小突いて来た。


「またまたぁ、隅におけませぬなぁ! 何せ学校にお弁当を届けてくれるような仲ですものなぁ!」


「は、はぁ? それとデートと、か、関係なくねぇ?」


「いやいやぁ、好意を持つ女性が、好きな男へ弁当を手渡すのはラブコメの定石ですぞ?」


「ち、ちが、違うしぃ?」


「本当ですかなぁ? 怪し怪し〜」


「ち、違ぇ、違ぇよ! 俺たちそんな仲じゃねぇしぃ?」


「本当ですかなぁ? 本当ですかなぁ? 実は恋仲なのではぁ?」


「はぁ? そ、そんな訳」


 押され気味な俺の言葉を遮るようにして、突然バーニングさんが口を開いた。


「あぁ、妾と此奴は恋人であるぞ。察しの通り、これはでいとじゃ。のう、マツモトキヨシ」


「だから俺は松本ヒロシだっての!」


 反射的にツッコミを入れた俺を、細柳は見逃さなかった。


「否定するところがそこということは、デートなのは認めるのですな! はぁはぁなるほどぉ?」


 くっ、言い返せない。

 思わず押し黙った俺に間髪入れず、細柳は手を振った。


「では、あとは若い二人に任せて。さらば!」


「あっ、おいコラ待てッ!」


 止めようとは思ったが、完全に押されていた俺の体は動きが鈍っていた。気づいた時には、駆け足で去っていく細柳の背中が人ごみに消えていく。


「では、マツモトキヨシ。早速楽しもうではないか!」


「俺の名前は松本ヒロシだ」

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