第130話、約束が違うぞバーニング。

 最悪だ。

 最悪すぎるタイミングだ。


 バーニング、お前は一体何を考えているんだ。

 どうしてこうも俺がやって欲しくないことを平気でするんだ。

 さっきの約束はどうなった。今日のデートは秘密にしようと、そう確約したばかりじゃないか。

 それをどうして、どうして佐藤亜月に聞こえるような大声で伝えたんだ。


 わざとか? わざとなのか? 確かに本命の人が居るにも関わらずデートに行こうとしている俺が悪い。あぁ、それは間違いないさ。だからといって、先程部屋で交した約束を破ってまで見せしめ行為を行う理由があるのか?

 もう意味が分からない。意味がわからない上に、頭に来る。

 俺はワナワナと震えながら、手元の紅茶を見つめていた。

 マグカップに注がれたミルクティーが、俺の怒りと動揺に合わせて波紋を立てている。


 そんな俺の事など素知らぬ様子で、玄関が閉まる音が聞こえた。


 残されるのは静寂。

 完全なる静寂だ。

 俺は頭が真っ白になりつつ、必死に心を落ち着かせていた。

 冷静になれ、冷静になるんだ松本ヒロシ。よく考えろ。今の発言だってバーニングさんのジョークだ。そうだろう? きっと佐藤さんも納得してくれるはずだ。


 動揺してはいけない。心を落ち着かせて、笑い飛ばしてやるんだ。

 そう考えをまとめるまで、三秒もかかってしまった。

 その間、佐藤さんは俺の言葉を待っているかのように黙りこくっている。食器の擦れる音も、咀嚼音も、それどころか呼吸音さえ聞こえない。

 想像は着く。先程関係性を否定した男女が、突然堂々とデートの話を仕出したのだ。言葉を失うのも無理はない。


 いや、違う。

 あれはバーニングさんのジョークだ。

 俺は何も間違っちゃいない。

 デート? ははは、なんのこっちゃ分からないね!


 俺は口角を上げた状態で目尻を下げて顔を上げた。


「あはは! バーニングさんったら、また訳の分からない冗談を!」


「あはは♡ ダーリン可愛い」


 大っ嫌いな女と目が合った。


「……」

「♡♡♡」


 ガトーショコラだ。

 彼女はお揃いのマグカップを両手で持ったまま、ニマニマと汚い笑顔を浮かべてこちらを見つめていた。

 よく周囲を観察してみれば、彼女の固有結界が展開されている。家具のほとんどが煌びやかな貴金属や鉱石に変貌を遂げていた。


「なんでお前がここに居るんだよ」


 先程までの動揺が一気に頭から消し飛び、代わりに苛立ちが全身を支配する。

 そんな俺の気持ちなど一切気にもとめない様子で、ガトーショコラはウインクして見せた。


「だって紅茶飲んじゃったんだもん♡ もしかしてダーリン知らないの? ミルクティーって、紅茶なんだよぉ♡」


「んな事知ってるわ! お前いつからそこに居たんだよ!」


 マグカップを机に叩きつけるように置いた俺を、彼女は小馬鹿にするように笑いながら自らのミルクティーを飲み干して口を開いた。


「おばさんがでっかい声で"デート楽しみ〜♡"なんて口にしてる時から、既にアタシだよ♡」


「……マジで?」


「マジで♡」


 ガトーショコラの微笑みをしばらく眺めてから、全身から吹き出していた汗がピタッと止まるのを感じた。


「良かったぁぁぁぁぁぁ!」


 ドっと疲れが溢れ出てくる。

 正直今回はダメだと思った。完全なる不意打ち発言に、思わず俺は言葉を失い、言い訳すら思い浮かんでこなかった。きっと佐藤亜月の中では、俺とバーニングさんの恋愛関係が納得のいくものへと昇華されていたことだろう。

 だが、ガトーショコラの発言から、俺は確信を得ることが出来た。

 バーニングさんのトンデモ発言を、佐藤さんは耳にしていない。

 聞かれずに済んだということだ。


「マジで……まじでナイスタイミングだよ、ガトーショコラ」


 俺は全身の疲れに身を預け、背もたれに全体重を預けた。

 朝から本当に疲れた。もう、デートに行きたくない。これ以上疲れたくない。


「あはは♡ ダーリン言ったでしょ? アタシがダーリンのこと、守ってあげる♡」


 今回ばかりは本当に助けられた。

 どうしよう、ここ数日でガトーショコラの株が急上昇していく。

 頼りになる女過ぎる。


「あぁ、助かったよガトーショコラ。ありがとう」


「どういたしまして♡」


 ガトーショコラの笑顔が、佐藤亜月のものと重なって見えた。

 俺はどうも居心地が悪くて、目線を逸らすように朝食を口に頬張った。


「結局、昨晩から魅皇は現れなかったでしょ?」


「あぁ、お前の言う通り、魅皇は気づいていないっぽい」


 それを聞くと、彼女は満足気にえへんと答える。


「でもな、魅皇は天照大御神を見つけたって言っていた。俺は多分、それが細柳小枝の事だと思っている。仮にそうだとしたら、この土日に奴らが何をするのか……」


「つまり何が言いたいの?」


「デートしてる暇、無いと思うんだ」


 真面目にそう答えた俺を、彼女は目を輝かして頷いた。


「そうね。ダーリンはアタシのモノだから、ほかの女とデートなんかしちゃダメ♡」


「いや、そういう事じゃなくて……」


「うん、デートなんかすっぽかして、今から二人でなんたら小枝の様子見に行こうよ!」


 なんだか思っていたのと違う方向に動き始めた。

 いや、いいか。バーニングさんの発言が原因で、危うく佐藤亜月に幻滅されるところだったんだ。デートの一つや二つ、すっぽかしたっていいだろう。


 それもこれも全部、バーニングの自業自得だ!


「分かった。魅皇と天照大御神を探しに行くぞ、ガトーショコラ!」


「うん! 二人っきりでデートだね♡」


「それは違う」

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