第128話、呪われし文字には最強の魔法少女。
土曜日の朝になった。
もう、夏が近づいているのだろう。太陽が顔を出すのがかなり早くなったように感じる。とは言っても、まだ若干の肌寒さは残っている。朝は寒い。昼になる頃には、きっと暑さが勝るのだろうが。
俺はベッドから状態を起こし、一つ大きな伸びをした。合わせてあくびが口から漏れる。
一階のキッチンからは、トーストの焼けるいい匂いが漂ってくる。コトコトとお湯の沸く音も聞こえてくる。佐藤亜月が、誰よりも早く朝の支度をしているのだ。
結局昨晩、どんなに洗っても首筋の『呪』と書かれた文字を落とすことが出来なかった。明らかにマジックペンで書かれたものとは違う、異質な頑固さだった。
ガトーショコラがそんな俺の首筋にそっと触れて、驚いた顔をしていたのを覚えている。
彼女曰く、これは
ターゲットに印をつけて、行動や居場所を把握し、好きなタイミングで呪いを発動させる。そういうタイプの代物だそうだ。
恐らく、
彼女の言葉を思い出しつつ補完するに、これは幽霊ビルで対峙した際に付けられたものだろう。俺が
まんまとやられた。完全にしてやられた。
俺は魅皇の誘いを断ったつもりだった。それなのに、実際俺がとった行動は彼女に有利なものだったのだ。
最初から魅皇に会うべきではなかった。
「まぁ、洗い落とせばいいんだけどね」
後悔の念に溺れる俺に対して、ガトーショコラはあっさりと言い放つ。そしてアクアマリンの能力を使い巨大なシャボン玉を生み出したかと思えば、それを俺の首筋にぶつけてきた。
「はい、無くなった。もう呪われてないよ、ダーリン♡」
魅皇の呪いは、呆気なく破れた。
「たぶん、あの女はダーリンが再び敵として姿を現すと思ってるんじゃないかな♡ だからこんなに回りくどいやり方で命を狙っている」
「本当に回りくどいな」
ガトーショコラの魔法により呪いが解かれた瞬間、俺の肩は一気に軽くなった感覚に襲われた。いや、むしろ先程まであんなに重かったのに全然気づかなかったことの方が異常だ。
「いや、待てよ。この印で俺の位置とかを把握していたんだとしたら、今この瞬間呪いが解除されたことにも気づくんじゃないか?」
そう思えば、背筋が凍りつく感覚が俺を襲う。正直俺は未だにトラウマが拭いされていない。魅皇は強すぎる。本気のガトーショコラと比べれば確かに恐怖も少ないのだが、とはいえ命の危険を感じた相手だ。下手に目をつけられたくはない。
ははは、ヒーロー失格だな。
「安心していいと思うよ♡ 魅皇は既に目的を達成したんでしょ? ダーリンに構ってる暇はないと思うから、気づかないんじゃないかな?」
「ほ、本当か?」
「だってほら、全然現れないでしょ?」
恐怖する俺に、ガトーショコラは微笑んでみせた。
「安心してねダーリン♡ アタシはダーリンの事大好きだから、何があっても守ってあげる♡」
俺の命を奪おうとしていた女とは到底思えない発言をして見せた彼女に礼をしてから、俺は眠りについた。
それが昨日の出来事だ。
「おはようございます」
「あ、松本さん! おはようございます」
今、目の前で朝食の支度を整えてくれた白髪の美少女、佐藤亜月。
ガトーショコラを体内に宿す彼女と、大都会K市に
「やっぱり俺は、佐藤さんの方が好きだな……」
「……え?」
しまった、口に出ていた。
「あ、いや。あの」
どうしよう、なんて言い訳しよう。
「こ、これ! 朝食の話で! いやぁ、佐藤さんの作るご飯はいつも美味しいなぁ。もう死ぬまで毎日佐藤さんのご飯食べたいなぁ……なんつって!」
あははははと大声で誤魔化してみるが、よくよく考えたら最後の発言は完全にプロポーズじゃないか。毎日君の味噌汁を飲みたい的なアレじゃないか。
俺は一体何をやってるんだ!
「もう、ダメですよ松本さん」
慌てふためく俺に向かい合うようにして、佐藤さんが着席し目玉焼きの乗ったトーストを口に運ぶ。
「松本さんには、ちゃんとバーニングさんが居るじゃないですか」
「えっ、あぁ。いやぁ、彼女はなんて言うか……、別に恋仲って訳では」
「えー? 本当ですか?」
微笑みながらそう返す彼女の表情を見て、俺の背中からは冷や汗が零れ落ちた。
なんだ、この意味深な態度は?
「本当に何もないですよ。だって、バーニングさんと初めて出会ったのだって、彼女が引っ越してきた日ですよ?」
「あれ? そうなんですか?」
「そうですよ。俺たち初対面で、俺もすっごく動揺しているんですから」
そうはっきり伝えると、そこで初めて佐藤さんは勘違いしていたことに気づいたらしい。目をぱちぱちと、驚いたように瞬きをしてから口に手を当てた。
「ほ、本当ですか?」
「本当です。バーニングさんなりの冗談だったんじゃないですかね?」
「あ、あぁ。ルームメイトと仲良くなるためにそういうことを言ったって事ですかね……?」
どうやら納得してくれたらしい。
「多分そうじゃないですかね?」
俺は安堵の笑みを浮かべながらお茶を口に含む。
その瞬間だった。
「おいマツモトキヨシ! 妾はもうよいぞ!」
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