第127話、金曜の夜にて。
金曜日の夜、俺はベッドの上に横たわり、天井のシミを数えていた。
別に暇だからそうしている訳じゃない。落ち着かないからだ。
明日は、約束の土曜日。バーニングさんとデートする日だ。本来なら佐藤亜月とデートするはずだった、そんな土曜日がやってくる。
それもこれも、全部ガトーショコラのせいだ。そう思うと、イライラが収まらない。
もちろん、俺一人で佐藤さんをデートに誘う勇気はなかった。そんな俺に、憧れの人とデートをするなんていうチャンスを提供してくれたガトーショコラには感謝するべきなのだろう。
しかし、なんの手違いか彼女が用意した手紙はバーニングさんの元へ渡った。
そしてタチの悪いことに、デート作戦を考え決行に移した当の本人がすっかりその事実を忘れていたのだ。
結論から言えば、ガトーショコラは余計なことをした。
確かに佐藤さんとのデートは魅惑的な提案だ。そんな権利、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
しかし、結果的に俺がデートをする相手はバーニングさんになってしまった。
佐藤さんには勘違いされたままだ。俺とバーニングさんが引っ越してくる前からの知り合いで、恋人同士なのだと。
「いやぁ、アタシとしてもそこら辺の誤解を解いてもらいたくてデートプラン建てたんだけどね♡」
「それが逆効果だったからイラついてるんだよ!」
俺の勉強机の上に腰掛けたガトーショコラに一瞥くべてから、俺は再び天井を見つめる。
「お前のせいで、むしろ佐藤さんは俺とバーニングさんの関係に確信を持ってきているじゃないか」
「うーん、そうねぇ♡ 亜月ちゃん、ああ見えて実は恋愛モノとか大好きだから♡」
そのせいだろう。佐藤さんと話をする機会を手にしても、彼女は素っ気ない態度を取り俺と二人きりになるのを避けるようになった。
最初は嫌われたのかと焦っていたが、後からガトーショコラに聞いてみたところによれば、どうやら佐藤さんはバーニングさんに気を使っていたらしい。
「もう、佐藤さんの中では俺達が付き合っていることは確定なんじゃないか?」
「うーん、そこは半信半疑みたい♡ だってダーリン、全然オバサンに手を出さないんだもん♡」
「当たり前だろ! 俺とバーニングさんは別にそんな関係じゃないんだから」
「そこに、亜月ちゃんも若干気づいているのよ。だから、二人は付き合っていないけど、両想い……もしくはどちらかの一方的な片想いなんじゃないかって思って気を使っているの」
「いや……たしかにそれは優しいんだけどさ……。違うんだよ佐藤さんっ!」
俺が好きなのはあなたなんだ!
「あはは♡ ダーリン可愛い♡」
なんで俺はこいつに恋バナしているんだ。
「でも、亜月ちゃんにデートのこと気づかれなかったのは正解だよ♡ もしそれを知ったら、多分亜月ちゃんはダーリンから確実に距離をとっていた」
そりゃそうだ。ルームメイトの二人が恋愛関係にある時、部外者は関わりにくくなるだろう。
「あとは、オバサンが亜月ちゃんにバラしにいかなければいいんだけど♡」
「それは大丈夫……だと思う。多分バーニングさんは俺の事怖がってるし」
「あら? どうして?」
素っ頓狂な声で首を傾げた女を、俺は本気で睨みつけた。
「バーニングさんの部屋に忍び込んで物色したのがバレたからだよ!」
「あはは♡」
なにわろてんねん。
それがきっかけで、バーニングさんはこの家を引っ越すとまで言い出したんだ。笑い事じゃない。
それでも、あの人は思い出作りにデートはしたいと、そう言ってくれた。俺のせいで引っ越すことになった人が、最後の思い出にとデートを望んでいる。それを嫌だと突っぱねるようなことは、俺にはできない。
「まぁ、ダーリンのそういう優しいところも好きだけど♡」
「お前こそ、俺にしつこくアピールしまくってる癖に佐藤さんとのデート斡旋してくれたり、どういう神経してんだ?」
「あはは♡ 亜月ちゃんは別なの♡ でも、あのオバサンは許してない」
キレた表情でそう断言した彼女だったが、デートするきっかけを作ったのはお前だぞ、ガトーショコラ。
「まぁ、今日まで亜月ちゃんに気づかれなかったんだし、あのオバサンもちゃんと口が堅いことは分かったから許してあげるけど♡」
こいつは一体全体何様のつもりなのやら。
「そんなことよりダーリン」
「なんだよ」
「その、首筋の……それ何?」
「何って……? なんか着いてるのか?」
「うん、なんか、マジックペンの落書きみたいな……」
彼女はそう言いながら、手鏡を取り出して俺に差し出した。
「どれだ……? これか?」
鏡越しには分かりにくい。背中側に書かれた落書きのようだ。
「ちょっとよく分からないや。ったく、バーニングさんめ、こんな所にも落書きしてたのかよ」
どういうつもりだか分からないが、かなりイタズラ好きらしい。
「待ってね、鏡もう一枚あるから、あわせ鏡にしよ♡」
ガトーショコラはそう言うと化粧ポーチから小さめの鏡を取り出し、それらを駆使して俺の背中を映した。
「なんだよ……これ」
そこに映し出されていたのは、強い黒ではっきりと書かれた『呪』の文字だった。
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