第124話、遊園地のチケットを取り返さんと。

 バーニングさんの言葉から推測するに、恐らく既に彼女は例の手紙を読んでいる。そして遊園地のチケットを入手してしまっている。

 いや、そりゃそうだ。当たり前だ。自分宛と思しき手紙を見たら、真っ先に開いて中を確認するのが常識だ。俺みたいに手紙の存在を忘れるなんてことの方が珍しい。

 ってことは、バーニングさんは俺からデートの誘いを受けたと思っているのだろうか……。

 どうしよう。差出人を間違えたとか、そういう風に言うべきなんだろうか。いやぁ、それはそれでバーニングさんを傷つけてしまうだろうか。

 ってか待てよ、よくよく考えたら俺ヤバいやつじゃないか?

 ラブレターを渡した相手の部屋に忍び込んで物色するとか……やってる事ストーカーじゃないか!


「それでな、妾はお主に言わねばならぬことがあるのじゃ……」


「い、言わなきゃならないこと……ですか!?」


 思わず声が裏返る。バーニングさんが今どんな表情をしているのか全く分からない。怒っているのだろうか。呆れているのだろうか。いや、もしかしたら怖がっているかもしれない。なんせ彼女からしたら好きな女の部屋に忍び込むストーカー男だ。軽蔑されても仕方がない。


「い、言わなきゃならないこと……ふぅん、なんだろなぁー、俺には分からないなぁー」


 我ながらこういういざと言う時の対応が下手くそすぎる。土壇場でヘタレになるなんて情けない。格好がつかない。

 俺は自分の顔に着いた泡を必死にゴシゴシとさせながら、耳を済ました。

 反応しにくい内容だったら、聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。


「その、お主が妾の部屋に忍び込んでおった理由について……なのじゃが」


「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」


 全力で顔を泡立てる。もうアワアワだ。


「な、何を突然! 面妖な!」


「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」


 な、何も聞こえましぇぇぇん!


「まぁ良い、聞いてくれ」


 いや続けるんかい!


「妾は、お主の察する通り……じゃ」


 バーニングさんは、そう口にすると、弱々しく続けた。


「わ、妾は……その、お主の思う通り……でな」


 ……ん?

 どういうことだ?


 俺の思う通り?


 俺の思う通りの人ってことか?

 ってことはつまり、なんだ?

 俺はバーニングさんにデートのお誘いをした。うん。それはおそらく共通認識だ。

 では、俺は……というかガトーショコラが手紙を出したんだが、それは置いといて。仮に俺がバーニングさんにラブレターを書いたとしたら、それはどんな時だ?

 そう、脈アリの可能性があるときだ。

 告ってもOKが貰える見た手があったから、俺は告白をした。そういう解釈で問題ないはずだ。

 それに対するバーニングさんの回答は、俺の思う通り。


 つまり!

 バーニングさんは脈アリ!

 あの人は俺のことが好き!


「そ、それって、バーニングさん……もしかして」


「あ、あぁ。知られてしまったようじゃな」


 背後で布の擦れ合う音が聞こえる。

 モジモジしているのだ。空気で伝わってくる。今、バーニングさんは体をモジモジとくねらせながら言葉を選んでいる。


 間違いない。

 これは完全に脈アリだ。バーニングさんは俺の事が好きなんだ。

 やべぇ、どうしよう。心臓がバクバクし始めた。魅皇みこと戦った時とはまた違った意味で、猛烈なドキドキに襲われている。

 俺、告ってもないのに彼女が出来そう。

 どうしよう、佐藤亜月という想い人が居るにも関わらず、彼女を作っちゃいそう……!


「いや、あのですね、バーニングさん」


 何とか誤解をとかなきゃ。このままじゃまずい。

 よくよく考えたら、バーニングさんが俺に気があるのも納得できる気がしてきた。俺が水を買い与えた日から執拗に絡んでくるし、俺のために学校まで弁当を届けてくれるし……。


 こういう時になんて言うべきなのか分からない。完全に思考停止してしまった俺の背後で、モジモジしたままバーニングさんは口を開いた。


「妾は……近い内に、この家を出ようと思っておる」


「いやなんでだよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 いや、俺の気持ちもわかってくれ。明らかにおかしいだろう。バーニングさん視点だと俺とあなたは両想いなんだろう? 引っ越す理由なくない?

 ま、まさか、もしかして、幻滅したからか?

 それもそうか。なにせバーニングさんが思いを寄せていた男は、当人が風呂に入っている隙を狙って部屋に忍び込むような男だ。

 ああ、なんてことだ。

 最悪なことをしてしまった。

 これだからガトーショコラの誘いに乗るべきじゃなかったんだ。

 でも待てよ、もしこの人が俺に引いて出ていくんだとしたら……むしろチャンスじゃないか?

 引越しをするならデートをする意味もなくなる。俺は失恋したのだから、遊園地のチケットは返却されるはずだ。


「バーニングさん」


 俺は顔の泡を洗い落とすと振り返った。


「な、なんじゃ?」


 もう正々堂々と言おう。そうしよう。俺はヒーロー。汚い手は使わない。


「デートの件なんですけど」


「あ、バーニングさん」


 俺の言葉を遮るようにして、佐藤亜月が洗面所に入ってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る