第121話、空き巣の名は松本ヒロシ。
「あんた服くらい着なさいよッ!」
ガトーショコラがまともな事を言うと、バーニングは急に恥ずかしくなったのか髪の毛を吹いていたタオルで前を隠した。
「い、いや。これはだなっ……」
豊満な乳房を両手で持て余しながら、彼女は返答に戸惑っている。
「あんたどうせこの時間はアタシやダーリンが寝てるからって適当に過ごしてたんでしょ」
ガトーショコラが核心を突く。図星だろう、顔を真っ赤にさせたバーニングさんは、同じくらい真っ赤な髪の毛を揺らしながら顔を左右に振った。
まだ乾ききれていない毛先からは、水滴が四方に飛び散る。
それと同様に、彼女の持つ成熟しきった二つの果実はみずみずしく跳ねていた。
「ダーリンもさっきから何見てんのよ!」
「ぐへぇ!」
目潰しは酷くね!?
「ち、違うのじゃ……いや、違くは無いのやもしれぬが……しかしとて普段のお主らは真にこの時間就寝中であろう!」
バーニングは照れた声色のまま逆ギレだ。
「そもそもなんじゃ! 妾が入浴の
うん、それに関してはなんも言い返せねぇ。図星だ。
「ち、違うわよ! アタシが泥棒みたいなことするわけないでしょ!」
最初に手紙を盗んで取り返そうと提案してきたのはガトーショコラだ。説得力の欠片もない。
「ほぅ、言うのお? しかしとてマツモトキヨシが手にしてるものはなんぞや?」
「誰がマツモトキヨシだ、俺の名前は松本ヒロシだっての!」
「アタシのダーリンの名前間違えないでくれる? アバズレババア!」
「なんじゃとこの小娘っ!」
ガトーショコラが下手に煽るからバーニングさんがまた逆上していく。
「なんですってこのデカ乳女ッ!」
噛み付こうとするガトーショコラを抑えるため、痛みの残る目をカッと見開いた瞬間だった。
「妾とやり合おうと言うのか? 面白い!」
バーニングが自らの局部を隠していたタオルを放り投げ、両手を大きく広げる。
ヤバい、あの怪力は捕まったらマズイ!
ガトーショコラにその事を伝えようとした瞬間だった。
「ダーリン見ちゃダメェ!」
「ぐへぇ!」
ガトーショコラの目潰しが再度俺にクリーンヒットする。
「馬鹿野郎失明させるつもりかっ!」
涙を流しながら必死に両目を抑える俺を突き飛ばしつつ、ガトーショコラは言い放つ。
「だってあんなプロポーション見たらアタシのこと眼中になくなっちゃうでしょ♡」
「最初から眼中にねぇよ!」
「えー♡」
いちいち語尾にハートをつけるな。
「おい、マツモトキヨシ」
「俺の名前は松本ヒロシだ」
「そうであった、松本ヒロシ。そんなことより妾の問に答えてやくれぬか?」
目は見えないが、部屋の中にバーニングさんが入ってきたことだけは分かった。
「あぁ。答えますよ」
まぁ、俺とガトーショコラの現段階の状況としては、朝風呂入ってる女性の部屋にこっそり忍び込んで何かと物色した不審者だ。
ルームシェアとはいえ、プライバシーは大切だろう。それを無許可に侵した俺達の罪は決して軽くはない。
バーニングさんだって、自販機の前で出会った一件から俺の事を気に入ってはくれている様子だった。
そう、気に入っていたはずなんだ。そんな相手が空き巣のようなことをしでかしたと分かれば、きっと悲しくもなるだろう。
「バーニングさんごめんなさい。こんなことをしてしまって……」
「ちょっとダーリン!? なんで謝ってんのよ!」
うるせぇ黙れ。元はと言えばお前が原因だろう。わざわざ遠回りなやり方で佐藤亜月さん宛に手紙を出したり、それがバーニングさんの手に渡ったり、そして取り返す為にと部屋に忍び込んだり、全部お前のせいじゃねぇか。
「今回は全面的に俺たちが悪い。勝手に人の部屋に忍び込んだら犯罪だろう」
「犯罪とかどうでもいいわよ! アタシラスボスだし……」
自分でラスボスとか言うなよ。
この女には何を言っても無駄だなと溜息をつき、一呼吸入れてから顔だけバーニングさんが居るであろう位置に向けた。
「バーニングさんの質問にはなんでも答えます」
「お、おう。それはありがたいのだが、妾は後ろじゃぞ」
「あ、はい」
座り直す。
いや、仕方ないだろ。目潰し食らってるんだから。
「うぬ、松本ヒロシのそういう真摯な態度、やはり妾は気に入っておるぞ」
布の擦れ合う音を響かせながら、バーニングは続けた。
「ところで質問なのだが、その女は誰じゃ?」
……そういえばそうか。
ガトーショコラについて、バーニングさんは知らないんだった。
「なにやら面妖な背格好をしておる女だが……ただならぬ雰囲気を感じるのぉ」
それは俺も同じだ。やはりガトーショコラの放つ雰囲気は誰の身からしても恐怖を掻き立てるのだろう。
しかし、ある意味ラッキーかもしれない。ガトーショコラの姿は、佐藤亜月をベースにしている。雰囲気がここまで変わらなければ、今回の忍び込み作戦を立案した人物が佐藤さんだと思われていたことだろう。
幸いなことにガトーショコラの放つオーラは佐藤亜月と全くの別人。つまり、バーニングさんの目から佐藤亜月の評価が悪くなることは無い。
俺は小さく胸を撫で下ろしつつ、右手の平を上にしてガトーショコラの方を指し示しながら口を開いた。
「こいつの名前はガトーショコラって言います……」
「ちょっと、なんで教えちゃうのよ!」
「今回勝手に忍び込んだのには理由がありまして──」
そこまで口にして、俺は思わず硬直した。
ガトーショコラの持つ独特の空気が薄くなり始めたのを感じたからだ。
慌てて薄目を開き振り返ると、彼女の髪の毛から色が失われ始めていた。
「お前……まさか!」
「あー、ごめんねダーリン。紅茶の効果……切れてきちゃった」
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