第120話、手紙を取り返さんとする。
俺の名前は松本ヒロシ。高校一年生だ。だが、それは世を忍ぶ仮の姿。その真髄たる活動はヒーローである。そう、俺はこの世界の治安を維持するべく、日々悪と戦っているのだ。
そんな俺は今、女性の部屋に忍び込んでいた。
畳の広がる大きな和室、脱ぎ散らかされたお着物と、畳まれてすらいない敷布団。
丸いちゃぶ台の上には、無数の半紙が散らばっており、壁には円形の鏡がかけられている。
ここは、佐藤亜月がオーナーをしているシェアハウスの一室。
同居人であるバーニングさんが住んでいる部屋だ。
「ガトーショコラ、こんなことしていいのかよ……」
俺は、入口で見張りをしている黒髪の少女にチラリと目を配った。
「大丈夫よ♡」
どうやら、今勝手に人の部屋に忍び込んでいる状況を楽しんでいるらしい。
「バーニングのヤツ、朝風呂が大好きみたいでね、いつも日の出と同時に湯船に浸かりに行くんだから♡」
「なるほど……。だからって忍び込む必要ないだろう」
「だって仕方ないじゃない。バーニングから手紙を取り返すチャンスは、今しかないのよ♡」
そう。
今俺は、本来敵であるべきガトーショコラと結託し、バーニングさんに渡ったと思われる手紙の回収を行うためにこの部屋までやってきたのである。
なぜそうなったのか、その原因はバーニングさんがこの家に住み始めた最初の日にまで遡る。
あの日、バーニングさんはまるで俺と恋仲であるかのような素振りをして見せた。言動の全てがそうだ。わざとらしく、俺と彼女がカップルであるかのような行動ばかりとった。
いや、実際彼女は俺に行為があったのかもしれない。多分バーニングさんは施しを受ければ誰にでも心を開くのだろう。それくらい、見た目に反して天真爛漫なところがあった。
「ダーリンは気づいてなかったみたいだけど、亜月ちゃんはそんな仲睦まじい二人に嫉妬していたみたいよ♡」
昨晩ガトーショコラの放った言葉が、俺の胸に深く突き刺さっていた。
「亜月ちゃん、ルームシェアを始めることがとても不安だったみたいなの。だから、ルームメイトと仲良くしたいなぁってずっと悩んでて。なのにカップルの同居が目の前で始まっちゃったから、凄く疎外感を受けたみたい」
そんなの当たり前だ。自分の家に、見ず知らずの男女がラブラブしながら住み始めたら誰だって嫌だろう。
もちろん、俺とバーニングさんの関係はそんな特別なものじゃない。完全に佐藤さんの勘違いだ。しかし、そうだとしても間違いを正せかかった俺に非がある。
「ってか、あの日の夜俺は佐藤さんに『恋人じゃない』って伝えようとしたんだけどお前が邪魔したんじゃねぇか」
「だって亜月ちゃんが紅茶を飲んじゃったんだもん! 仕方ないじゃん! アタシは紅茶を飲まれると入れ替わっちゃうの」
と、言い訳がましく言い返すガトーショコラではあったが、彼女も彼女なりに申し訳なく思っていたらしい。どうにかして、俺と佐藤さんが二人きりになり、誤解を解くためのセッティングをしたかったのだとか。
「それで俺名義のラブレターを書くって、子供かよ!」
全く片付けの行き届いていないバーニングさんの部屋を漁りながら、俺は悪態を吐いた。
「だって完璧な作戦だって思ったんだもん♡」
「全然完璧じゃねぇよ! むしろ色々ややこしくなったわ!」
ガトーショコラとしては、佐藤亜月のことを思っての行動だったのだろう。だが、そのせいでむしろ面倒くさい事態に陥っている。
「亜月ちゃんだけじゃなくて、ダーリンのことも考えてるつもりだったの♡ 亜月ちゃんからラブレターを貰ったって思ったら嬉しいでしょ?♡」
「差出人お前の時点でプラマイマイナスだわ!」
「……ごめんなさい♡ でもね、アタシはダーリンと亜月ちゃんの二人に仲良くなって欲しかったの」
彼女の態度から、もう察しはついている。この子は真に、切実に俺たちのことを考えて行動してくれていたのだろう。
「でもなんでバーニングさんに手紙が渡ったんだよ」
「多分、バーニングのヤツが学校にお弁当を届けてくれた日あったでしょ? あの日にアタシが亜月宛に書いた手紙をバーニングが見つけちゃったんだと思う……」
あの日か。
ってことは、俺宛の手紙同様に佐藤さん宛のラブレターも弁当袋に入れていたのだろう。
バーニングさんがそれをくすねたか、二人が弁当箱を取り違えたか……。
「アタシが二人の弁当袋間違えちゃったから」
「結局全部お前のせいじゃねぇか!」
とことんやらかしてくれる。
「まぁ、ともあれ手紙の中に入ってる遊園地のチケットさえ取り替えせれば、佐藤さんとデートできるってことなんだよな?」
「うん♡ それはもうバッチリ♡」
そうと分かれば必死に手紙を探すまでよ!
絶対に見つけて、佐藤さんとデートしてやる!
息巻いた俺は半紙の散らばるちゃぶ台に着手して、ふと手を止めた。
「お主ら、妾の部屋で何をしておる?」
ガトーショコラの背後に立つ、全裸の女性が目に入ったからだ。
「バーニング……さんっ!」
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