第119話、悲報に次ぐ悲報ありけり。

「待ってダーリン! 落ち込むのはまだ早いの♡」


「今度はなんだよ……!」


「あ、でも朗報じゃないよ♡」


「は?」


「追加で悲報がもう一個あります♡」


「もう勘弁してくれッ!」


 正直佐藤さんからラブレターを貰えたという可能性に浮かれていて、ガトーショコラが俺に書いたという可能性を一切示唆していなかった。

 ちくしょう、想い人からデートのお誘いがいただけたのかと思ってテンション上がってたのに、ぬか喜びじゃねぇか。

 あー、くそ。涙まで出てきた。おぞましい程の悲しみが俺の心を覆い尽くしている。


 それなのにまだ続きがあるらしい。


「じ、実はね……ここから先が大変なんだけど」


「これ以上辛いことがあるのかよ……」


「う、うん……♡」


 申し訳なさそうにしながらハートを語尾に付けんな。


 恨みつらみを込めた睨みつける攻撃を放つ。が、ガトーショコラには効果がないようだ。


「ちょっと待ってダーリン♡ その目! その角度! ああんっ♡ めっちゃかっこいい♡ やっば、好きっ♡ 大好きっ♡ ちょと写真撮らなきゃ♡ 写メ写メ〜♡」


 鬱陶しいくらいにテンションが上がる彼女とは裏腹に、俺の心はネガティブの一途を辿るばかり。

 もう、こいつに敵意を剥き出しにすること自体が疲れる。体力が持っていかれてしまう。むしろ体調が悪くなる。

 そもそも、戦闘で勝てなかった相手だ。きっとガトーショコラの事だ。いつでも俺を殺せる状態にも関わらずこうして生かしていること自体が遊びなのだろう。

 だからって俺にラブレターを送る意味がわからないが。というか、俺に好き好きアプローチしているがそれが真実なのかすら怪しい。


 この街に存在する怪人フラワーを束ねしラスボスが何を考えているのか、正直俺には理解できそうにない。

 ただ分かることは、こいつの扱いがめちゃくちゃ面倒くさいということだ。


「もう写真撮り終えただろ。さっさと悲報とやらの中身を教えてくれよ」


 俺は自身の白髪頭を掻きむしってからベッドに腰を落ち着けた。

 何をどうすればこれ以上酷くなるのか。

 俺としては、ガトーショコラからの手紙で喜んでしまったという事実が何よりも辛いというのに。


「うん、あのねダーリン♡」


 ガトーショコラは俺の隣にそっと腰掛けると、モジモジしながら言い訳がましく言葉を選ぶように語り出した。


「し、正直ね……最近アタシも忙しかったって言うか……考えることが多かったって言うか……そのね?」


 らしくない。

 ガトーショコラがこんなに気まずそうにしているのがあまりにもキャラじゃない。


「なんだよ、煮え切らないな」


「うぅ……♡」


 ちょっとドキッとしてしまった。

 こいつ、困った顔してじっとしてると案外可愛いじゃん……。

 いや、それもそうか。だって体は佐藤さんだもんな。

 ガトーショコラの能力で異形化してても、流石は佐藤亜月さんと言ったところか。ベースが良すぎてめちゃくちゃ可愛い。


「最近ね……魑魅魍魎ちみもうりょうが増えてるじゃない?」


「あぁ、増えてるな」


 ふと、魅皇みこの姿が脳裏を過った。

 足裏に刻まれた恐怖が一瞬帰ってくる。


「それがどうしたんだよ」


 魑魅魍魎に対する不安や恐怖を振り切り、俺はガトーショコラに目をやる。

 彼女は非常に困り果てたと言いたげな表情で俯きながら、口を動かした。


「最近かなり力をつけてるみたいでね……アタシの花占いも結果が悪いの」


「お前まさか、まだ怪人フラワーを召喚し続けていやがるのか!」


「うぅ、ごめんなさい」


 予想を遥かに超えた弱々しい反応に、俺の怒りが一気に冷めた。

 え、何こいつ? え、ガトーショコラ可愛いじゃん……。いや、落ち着け松本ヒロシ。落ち着くんだ正義のヒーロー鬼龍院刹那。この女は佐藤さんの体を乗っ取り悪さ働くラスボスなんだぞ。

 きっとこの感情はあれだ。ラブレターの影響だ。

 大して興味もない相手からでも、ラブレターを渡されると意識してしまうとかいう、そういうやつだ。落ち着け、俺には佐藤亜月という心に決めた初恋の人が居るじゃないか。


「コホン。まぁいい。それで、花占いの結果がなんなんだよ」


「……うん、マリーゴールドの時からなんだけどね。みんな魑魅魍魎ちみもうりょうに殺されてるの」


 ふと、火車に燃やされるマリーゴールドを思い出した。


「それで……?」


 まさかとは思うが、魑魅魍魎ちみもうりょう怪人フラワーより強いのか?


「花占い達と魑魅魍魎の強さは拮抗状態みたいなんだけどね……いい占いが出ないのよ」


 彼女は一呼吸おいてから、真面目な表情を浮かべた。


「マリーゴールドの花言葉は……『絶望』なの」


 俺の背中を冷や汗が伝った。

 ゾッと、全身の血の気が引くのが分かった。


「絶……望……か」


 マリーゴールドと戦闘した際に、調べたから覚えている。

 嫉妬、絶望、悲嘆。

 それがマリーゴールドの花言葉。まさか俺の未来を予知していたのだろうか。

 ガトーショコラは小さく頷いてから、続ける。


「多分、これはダーリンへの予言だったと思うの。誕生したマリーゴールドが真っ先にダーリンに向かったから」


「お、おう……」


「あのねダーリン」


「なんだよ」


「……さっきも言ったように、アタシ忙しかったの。だから今まですっかり忘れてたんだけどね……」


 俺は頷いて彼女の言葉の続きを促す。

 それを見て安心したように、ガトーショコラは両手を合わせて謝りながら続けた。


「ごめんね、ダーリン名義で書いたラブレター……、多分バーニングさんに渡っちゃった♡」


 ……は?

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