第118話、手紙の送り主は……。
寝れない……。
ダメだ、全く寝れない。
目が冴えてちっとも眠気がやってこない。
なんというか、小学生に戻ってしまった気分だ。
遠足前に興奮しすぎて寝れなくなるようなアレだ。
とは言っても、明日が特別な日という訳では無い。ただの平日、いつも通り平凡な授業を受ける日だ。
それに加えて、今俺の体は疲弊に疲労を重ねている。一日で三発ものオリオンパンチを放ったのだ。一日の間に使える上限を使い切った。
恐怖だって味わった。自分よりも圧倒的に強い存在と戦い、足の皮を削がれていく感覚。
心身ともに相当なダメージを受けているこの俺が、眠くならないはずがないのだ。
しかし、実際はその真逆。
「ダメだ、寝れない」
俺はベッドから上体を起こしてため息をついた。
そのまま深呼吸を繰り返す。
鼓動がバクバクと鳴っているのを、右手でそっと抑えながら、ニヤついた笑みを浮かべた自分の顔を抓った。
「どうひよう……デートに誘われちゃった」
そう。
ヒーローとして活動し続けてきたこの鬼龍院刹那もとい松本ヒロシ、人生初のラブレターを貰ってしまったのだ!
相手は恐らく佐藤亜月さんに違いない。
彼女が毎日作ってくれるお弁当箱の中に、そっと手紙が入れられていたのだ。
正直、佐藤亜月さんとは最近上手くいっていない。なんというか、避けられている気がしていた。
全てのきっかけはバーニングさんと出会ったあの日に遡る。
俺は自販機の前で右往左往していた赤髪の和服美人を見放すことが出来ず、思わず声をかけてしまったのだ。
いや、彼女に声をかけたこと自体は何も間違っちゃいない。むしろヒーローとして困った人間に手を差し伸べること自体は褒められた行為だ。
そのせいで水をおごる羽目になったわけなのだが……。
ともあれ、バーニングさんを助けたこと自体は問題なかった。むしろ問題だったのはその後だ。
どうやら俺はバーニングさんに好かれてしまったらしく、彼女から必要以上に求められるようになってしまった。
予想外の事態として、バーニングさんは佐藤家の新しいルームメイトだったのだ。
そして運の悪いことに、そんなバーニングさんと俺の二人でちょっとお高めの和食レストランに居る所を佐藤亜月さんに見られてしまった。
結果として、佐藤さんは俺達が恋人なのだと勘違いしてしまった。田舎に置いてきた恋人が、俺を追って会いに来て、同じ家に住み始めたのだと勘違いしてしまったのだ。
その後、バーニングさんは高校にまで押し掛けてくるし……。そこでもまた勝手に恋人を名乗るもんだから、生徒指導という形で一悶着もあり。結局佐藤さんのお陰で助けられたのだが、おそらく勘違いされたままなのだろう。
そんな佐藤亜月さんが作ってくれるお弁当箱に紛れ込まれた一通の手紙。そして遊園地のチケットと週末のデート予約。
これは俺にとってチャンスだ。佐藤さんに直接、俺とバーニングさんとの間には何も無いことを話すチャンスだ。
そして佐藤さんにアプローチするチャンスなのだ。
よく考えてみろ松本ヒロシ。
今佐藤亜月は俺とバーニングさんが恋人同士だと思い込んでいる。
それなのにデートのお誘いをしてくれたんだ。つまりそれは……略奪愛!
なんか佐藤さんのイメージとは掛け離れているが、間違いないだろう。
一瞬、差出人はバーニングさんなのではないかと疑ったが、今日の出来事も加味して俺は確信していた。
この手紙の差出人は佐藤さんに違いない。
なにせ佐藤さんは、クラスメイトの誰しもが恐れて震え上がった幽霊ビルに足を運んでくれたのだ。俺のことが心配という理由だけで。ただそれだけで。
それは愛あってこそなせる技!
きっと俺は、佐藤さんに愛されているんだ!
「あー、えっとね♡ ダーリン」
そんな俺の浮かれきった空気は、突然部屋に入ってきた女の一声で破壊させられた。
「心の声が聞こえちゃったんだけど……さ♡」
全く気づかなかった。いつの間にやら周囲は貴金属や宝石に覆い尽くされている。ガトーショコラの固有結界だ。
「それ……アタシが書いた手紙なの……」
……は?
思わず、俺の思考がフリーズする。
いや待て、今なんて言った?
ガトーショコラが書いた手紙?
これを?
佐藤さんが俺宛に出したこの手紙を……?
「えっと……ごめんねダーリン♡ 実はついさっきまでその手紙のこと……」
真っ黒でボサボサの髪を掻きむしりながら、死んだ魚の目にも似た白眼が申し訳なさそうに俺を見つめる。
「忘れちゃってた♡」
そう言い切ると、彼女は両手を合わせて舌を出しながらウィンクする。
「ごめんなちゃい♡」
俺の脳は、全く理解が追いついておらず……。だがそれでも理解出来たことを瞬時に反復した。
「これ書いたの……お前?」
「うん♡」
「……デート先の遊園地チケット買ったのもお前?」
「うん♡」
そこまで聞いてから、俺は大きく溜息を……いや、落単の声を吐き出した。
「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
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