第117話、土下座とは如何なるモノぞや。

 土下座、それは日本の礼式のひとつであり、その姿勢は座礼ざれい最敬礼さいけいれいに類似する。

 腰を下ろした状態で行う礼の中で最も深く強い意味を持つ行為だ。

 使用用途は限られており、物凄く位の高い人物を崇拝し頭を下げる時や、この上ない感謝、または命を捧げるつもりでの謝罪に使われる。


 そして今の細柳小枝ほそやなぎこえだが俺に見せる土下座は、正真正銘完全なる謝罪によるものだと判断できた。


「流石に長ぇよ! そろそろ顔を上げろ!」


「いいえ、竹馬の友との約束を裏切ってしまった落とし前、つけさせて頂きます」


「竹馬の友じゃねぇし」


「どうぞ、お許しください」


「許してる。もう既に許してるから」


「どうかお許しを!」


「許してるから顔を上げてくれよ、細柳くん」


「許してくださいぃぃぃ!」


「許してるって言ってんだろが!」


「いいえ、我の心が納得してません。せめて罰を! 何か罰を!」


「もういいから。許してるから。心細い上に空腹にも耐えてもらってごめんよ細柳くん」


「いいえ、謝るのは我です。些細な空腹に耐えることが出来ず、帰路についてしまいました。結果として空腹を満たしてしまうとは……!」


 彼は頭を下げながら額を床にゴリゴリと押し付ける。

 と同時に、彼の腹がグゥと音を立てた。


「まさかお前……」

「……」


 再び彼の腹の虫が鳴く。間違いない。


「細柳くん、もしかしてだけどさ……」

「な、なんでしょうか……!」


「……もしかして、空腹を満たすために家に帰ったは良いけど、俺のことが心配で、少しだけ食べたらすぐ家を出てくれた……のか?」


「ど、どうしてそれを!」


 やはりそうか、そうなのか。

 彼はやっぱり俺の友人だ。学校にいくつも弁当を持ってくる男が、俺のために食べる量を抑えくれたんだ。心配で俺の安否を確認しに来てくれたんだ。


「細柳くん……俺のために食べる量少なくても我慢してくれたんだな……」


「……それでも食べてしまいました。申し訳ございません」


「いいから顔上げろよ出部太田」


「細柳小枝です」


 ガバッと頭を上げた。


「名前を訂正する時は頭上げるんだ……」


「はっ! 申し訳ござ──」


「──許してるって言ってんだろがっ!」


「グブォワァ」


 腹部に蹴りを入れることで強制的に土下座をキャンセルしてやった。


「俺は嬉しいよ。食欲の化身が、俺のために食べる量を我慢してくれたんだもんな」


「はい、13皿しか食べてません」


「結構食ってんじゃねぇか!」


「グブゥォオオガァッ」


 腹を殴ると吐き出しそうな顔になった。

 ばっちい。離れとこ。


「さてと、魑魅魍魎に、魅皇ねぇ……」


 結論として、奴らが目的とする天照大御神や魑魅魍魎の復活については分からないことの方が多い。

 正直、まだ問題は残されたままだが……。


「帰ろう、みんなで」


 今はとりあえず、帰るとしよう。


 佐藤さんは、微笑みながら頷き、細柳は脂汗を流しながら謝罪をする。

 死を覚悟した後ほど、平和を実感しやすいというのは、きっと事実だろう。


 その日の夜、俺は風呂から上がると即座に布団の中へ潜り込んだ。

 魑魅魍魎ちみもうりょうを束ねし魅皇みこと、そいつらが復活させようとしている天照大御神アマテラスオオミカミ。そしてその最有力候補とも言える細柳小枝。ヒーロー協会を動かすべき案件だろうが、考えるのはまた今度にしよう。今日はもう、眠い。


 佐藤亜月さんと軽くお喋りしてから、心配をかけてしまったことに対し謝罪を述べ、自分の部屋へと帰る。

 まだ22時だったが、戦闘の疲れだろうか。眠気が凄まじかった。


 明日、起きたらもう一度佐藤さんに謝礼申し上げるとしよう。


 そう思いながら布団に入り、唐突に重要なことを思い出した。


「手紙ッ!」


 そう、手紙の存在を俺はすっかり忘れていたのだ。

 昼休み時間にバーニングさんがわざわざ届けてくれたお弁当の中にひっそりと添えられていた一通の手紙を。

 きっと中身はラブレターだろう。差出人は……そりゃもちろん弁当を作ってくれた佐藤亜月さんに決まっている。


 鞄の奥底に封印したまますっかり存在を忘れていた手紙を、俺は即座に取り出した。

 さて、中には何が書かれているのか……ひとつ深呼吸をしてから、俺は手紙の封を開いた。


 まじかよ……。

 俺は、思わず言葉を失った。


『今週の土曜日、遊園地に来てください』


 そこには、遊園地のチケットが一枚挟まれていたのだ。


 ラブレターだろうとか勝手に妄想していたが、いざデートのお誘いを受けてしまうと頭が真っ白になってしまう。

 まるで夢でも見ているかのようだ。


 だが、現実らしい。ほっぺたを叩いてみたが、瞼に洗濯バサミを挟んでみたが、痛い。めちゃくちゃ痛い。

 しかも洗濯バサミで顔をぐちゃぐちゃにしている最中にバーニングさんに扉を空けられてしまった。


「なんじゃその面妖なっ!」


 彼女はそう叫ぶと大爆笑しながら部屋に帰っていった。


「いや何しに来たんだよ!」


 洗濯バサミを全部外した俺は、恥ずかしさから大声で叫ぶと慌ててドアを閉めた。



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