第116話、疑心暗鬼、ともは鬼?
細柳小枝の魑魅魍魎解説を聞き終えた俺は、溜息をついた。
つまらなかったからではない。情報が完璧すぎて、思わず溢れ出たのだ。
この男、見た目も行動もふざけてるけど魑魅魍魎に対する知識量は絶大だ。やはり、魅皇が捜し求めていた
解説担当としてかなり助かるが、それと同時に危険度も俺の中で上昇する。
正直、こんなユーモラス溢れる男が魑魅魍魎を束ねるボスキャラとは思えない。クラスの中でも一番親しみやすく、雑に絡める相手だ。
入学して初めてできた友達でもある。
そんな彼が、もし仮にこの世界を滅亡させる存在なのだとしたら。そんなことを考えるだけで、ゾッとする。
「私の場合は『いつまで待たせるの』って言ってました」
ふと、佐藤亜月が思い出したように声を出した。
エレベーターに乗り込んだ時の話だろう。俺が乗り込む時は『上へ参ります』と、上昇の案内だった。しかし佐藤亜月が乗り込んだ時は違う言葉だったらしい。
「あぁ、それは以津真天の基本的な姿です。待たされ続けた想い人を案内する鳥なので」
細柳がそう答えると、佐藤さんは頬を赤らめた。
なるほど、夕飯時になっても帰ってこない俺を待ち続けた佐藤亜月と、ちょうど同タイミングで助けを求めていた俺の波長が重なったわけか。
そんな俺たちのルートを繋いで、連れてきてくれたわけだ……。
そしてガトーショコラがお出ましと。
「でも、しばらくエレベーターの中で松本さんの寝顔を眺めてましたが何も起きませんでしたよ?」
「恐らくルートが確定していなかったのでしょう。以津真天はちゃんと帰路も用意するのが基本ですから。だから目的を終えればすぐに目が覚める」
「じゃあ、やっぱり私寝てたんですか?」
「そういうことになりますな!」
細柳が断言すると同時に、彼女は顔を真っ赤にして俺を見た。
なんでそんなに恥ずかしそうな顔をするんだいハニー。
君だって俺の寝てる横顔眺めてたんだろう?
何も恥ずかしがることはないさ。
俺たちは一つ屋根の下で何日も共に過ごす関係なんだからさ。
とは口にせず、大きく伸びをした。
どうも、狭い空間でしばらく寝てしまっていたからだろう。体が痛くて仕方ない。
「ところで細柳。お前は俺が寝てる間何してたんだ?」
「ギクッ」
「さっきの話を推測するに、俺がエレベーターに入ってから佐藤さんが迎えに来るまでの間、このビルには居なかったそうじゃないか」
じろりと睨みつけると、彼は誰の目から見ても明らかな動揺っぷりを見せた。まさにタジタジといった感じだ。
どう答えるのが正解か分からず、本当の事は口にできない。だから
あからさまな同様に、俺の鼓動が早くなるのを感じる。
「おい、細柳……。お前は俺が居ない間……」
彼の目が泳ぎ出す。
俺は彼に顔を近づけ、しっかりと目を見て訊ねた。
「何をしていた……?」
やはりこの男、魑魅魍魎の類が探し続けている天照大御神本人なのだろうか。そして魅皇を含めた奴らが気づき、軍勢の準備が整ったことを知らせていたのだろうか。
きっと、俺を魅皇の部屋に呼び出した時と同様の手口で違う場所へ連れていったのだろう。
となるとこの男、やはり敵……。
「どういう事なんだ?」
声色を暗くし、拳を握りしめる。
トランスパンチはもう今日一日で上限となる三発分を撃ってしまったが、まだ金銭的余裕はある。戦えないことは無い。
「……」
「答えられないのか? 答えられないんなら……」
そう言いつつ腰に手を当てた瞬間だった。
細柳小枝はその場に膝を着く。次に肘、手のひら、額と、体を地面に密着させて丸くなった。
彼の体型も相まって、制服のシャツの背中辺りがパツンパツンにはち切れそうだ。
唐突の土下座。
映画でしか見た事ない。
そんな土下座のまま、彼は声を大にして謝罪した。
「お腹すいたので一旦帰ってご飯食べてましたァ! 申し訳ございませんでしたァ!」
「……は?」
「今日の夕食はカツカレーだったんですぅぅっ!」
「……えっと、つまりお前は」
「ご飯食べてましたァァァッ!」
「……」
「……」
「はぁ……」
なんか、一気に疲れが湧いてでたのを感じる。
「なんだよ、ビビらせんなよ……」
「ふぇ?」
目をしぱしぱさせる男に対し手をヒラヒラさせながら、俺はその場に腰を下ろした。
これから戦闘が始まるのではないかと身構えていた分、想像以上の拍子抜けな回答にどっと脱力感に飲まれてしまった。
「あー、もういいや」
心配して損した、というのが本音だ。
「いいよ細柳くん。頭上げて。こんな怖いところに一人待たせちゃってごめんね」
そもそも一人で戦うつもりだった訳だし、もっと早い段階で返してやるべきだった。
友を無駄に危険に晒してしまった。
それだけでなく、魅皇の言葉に踊らされて友人を攻撃しようとしてしまった。
自分が情けない。
「いや、松本殿。我はこの頭決して上げません」
「いいよ、もう上げてくれ」
床に丸まった肉団子が、どこか楽しそうに叫んだ。
「この頭、決して上げません!」
んじゃ一生そうしてろ。
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