第112話、絶望終われば幸福ありけり。

 俺は、破壊された壁から射し込む光に乱反射する右足型のダイヤモンドを見て背筋が凍るのを感じた。

 今しがた、ガトーショコラが魅皇みこに与えた攻撃の結果がこれだ。

 これがガトーショコラの必殺技だ。


 当たれば相手は問答無用でダイヤモンドに変えられる。


 魅皇自身は、直感だろうか。危機を感じとったらしく、逃げてしまったらしい。それでも右足は犠牲になった。あの光から逃げることが出来なかったのだ。


 俺と戦った時の魅皇は、明らかに強者の余裕というものを見せていた。窮鼠きゅうそ以津真天いつまでんを利用して俺をビル最上階まで導く時ですら、敵意を感じさせない堂々とした態度が滲み出ていた。

 彼女は俺を傷つけず、天照大御神アマテラスオオミカミの復活に協力するよう交渉すらしてきた。

 正直、俺はそんな彼女に恐怖を抱いていた。

 窮鼠を殺し、以津真天が案内するエレベーターまで破壊した俺の力を見てもなお、全く余裕な表情を浮かべていた魅皇。

 ましてや、男女の仲を迫る勢いだった妖艶な美女。

 そんな彼女に、俺は正直敗北していた。


 網剪により足の皮が切られながら、バイノーラル音声を聞かされているかのような快楽に脳を支配され、一時いっときでも俺は彼女の思うがままに動こうとしていた。

 ヒーロー失格だ。


 そんなことは分かっている。


 だが、それ程に魅皇は強かった。


 その、最強とすら謳いたくなる魅皇を、ガトーショコラはふざけた態度で倒してしまった。

 強すぎる。

 ガトーショコラが、強すぎる。


「俺は、いつか訪れるお前と戦うべき時が正直怖いよ……」


「ん? ダーリン何か言った?」


「いや、何でもないよ……」


 そっぽを向く俺の態度が気に食わなかったのだろう。

 ガトーショコラは唇を尖らせて俺の腕に自らの腕をまきつけてきた。


「離せバカ!」


「いやーん♡」


 振り払うと、駄々っ子のようにじたばたしてみせる。

 ジタバタ、ジタバタ……


 ジタバタドタバタビタビタバタバタドコドコバゴバゴ……ッ!


「っておいやめろ! ダイヤモンドの姿で暴れんな! 建物がぶっ壊れるわ!」


「えー!」


 拗ねるな!

 最早この女は破壊神だ。ちょっとでも機嫌が悪いと周囲を破壊して回る。


 とりあえず、細柳小枝が待つ一階に行こう。そう口にすると、ガトーショコラは少し頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。


 まったく……。


 なんというか、甘えん坊なのだろうか。


「……いや、ガトーショコラ」


「なーに?」


「……」


「ダーリン?」


 俺は、破壊されたコンクリートに手を置いて、光の射すその先へ足を一歩踏み出しながら呟いた。


「来てくれてありがとう……。助かった」


「あはは♡ アタシじゃなくて、亜月ちゃんに感謝してよね」


「それってどういう?」


 ガトーショコラの方を振り返りながら、部屋の外へ足を踏み出した瞬間だった。景色が一気に吹き飛んでいき、気がつくとエレベーターの中に居た。傍らには、寝息を立てる白髪の美少女。


「って佐藤亜月さん!?」


 なんでここに? いや、ガトーショコラが居たのだから、佐藤亜月の肉体がここにある事は確定だろう。それにしても、今の一瞬で入れ替わったのか?


 というか今までいったい何が起きたんだ。

 俺はエレベーターに乗って、それから寝ていたのか?

 以津真天に連れていかれる中、俺は確かにエレベーター内でオリオンパンチを放ってエレベーターを破壊した。

 と思っていたが、どうもエレベーターは形を変えず俺と佐藤安月を収納しているじゃないか。

 それに、電気は通っていない。

 機械の塊は明滅すらせず完全なる沈黙だ。

 何も理解できないまま戸惑う俺に、透き通った声がかけられる。


「あれ……松本さん?」


「さ、佐藤……さん!」


 どうやら、佐藤亜月が目を覚ましたようだった。


「えっと、私どうしてここに……?」


 うん、俺が聞きたい。と言い返す前に、佐藤亜月は何かを思い出したようにジタバタしだした。


「あ、ちが、違うんです!」


「……違う?」


 彼女は頬を赤らめ両手をばたつかせながら目を逸らす。


「し、心配だっただけで……」


「心配……?」


 そう聞き返すと、佐藤亜月は頬を真っ赤に染めたまま俯いてしまった。


「お、俺が心配だったんですか?」


 無粋な質問だと自分でも分かっている。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 もしかして、この人は俺のためにこんな場所まで来てくれたのだろうか。なんて優しい人なんだ。


「えっと……」


 耳まで真っ赤にし、目を泳がせながら言葉を探す佐藤亜月。その姿がなんとも可愛らしくて、思わず抱きしめたい欲求に駆られる。


「幽霊ビルの噂を聞いて、きっと松本さんの事だからヒーローとして幽霊退治に向かったのかなって思ったんです」


 うん。その推察は大正解だ。現に俺はここにいる。


「でも、松本さん、8時になっても帰ってこなくて」


 そんなに時間が経っていたのか。


「だから私、心配になっちゃって……。その、もし松本さんの身に何かあったらと思うと……、私いてもたっても居られなくて」


「それで、迎えに来てくれたんですか?」


 光栄だ。ただのルームメイトとしか思われていないのではないかと危惧していたが、何のことは無い。この人は俺の事をこんなにも大切に思ってくれていたのだ。


「どうしても、安否の確認がしたくて……」


 彼女は座り込んだまま照れ笑いを浮かべた。


「来ちゃいました」

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