第110話、未知の道に踏み入れること、恐怖。
魅皇の体は、恐怖に振るえていた。それもそうだろう。目の前で自慢の部下が殺されたんだ。
しかも、訳の分からない力で。
魅皇からすれば、ガトーショコラの使う魔法の条件が分からない。突然目の前で
そんな無類の強さを見せつけたドレス少女にこれから挑もうと言うのだ。怖くないはずがない。
魅皇のスリムな体は、煌々と輝くガトーショコラのドレスから溢れる光を浴びて、翠を基調とした翡翠色に煌めいていた。
震えながらもしっかりと二本の足で立ち、凛々しさを保とうとする彼女の姿。それは正直な感想を述べるのなら、美しかった。
一瞬の硬直時間が訪れ、魅皇もガトーショコラも一歩たりとも動こうとしない。かと思えば、次の瞬間魅皇の玉虫色に輝いていたその姿が闇に紛れて消えてしまった。
「なっ、どこに!?」
擬音で表現すれば、まさに『フッ』と消え入るような感じだった。彼女の背後にキメの細かい暗幕が垂れ下がっていて、その中へスっと入っていくような。
「ひ、卑怯よ! 消えるなんて!」
さすがのガトーショコラも姿の見えない敵は倒しようが無いのだろう。当たりを必死に見渡している。しかし魅皇の姿は愚か、足音や呼吸音といった気配すら無い。どこを見渡しても闇だけが拡がっているのだ。
ガトーショコラの焦りが見えた。
だが、これは俺にとってチャンスだ。今やガトーショコラにとって姿の消えた魅皇の行方を追うのに必死で、俺に気を配る余裕も無いはずだ。
一方の魅皇はといえば、訳の分からない力で命を奪うことが出来る謎のドレス少女ガトーショコラしか見えていないはず。
つまり、もう二人とも俺に固執することは無いだろう。
となれば、逃げてしまえばいいだけの話じゃないか。
そうと決まれば即行動だ。と、俺が立ち上がりガトーショコラの開けてくれた壁まで走り出した瞬間だった。
耳元で妖艶な響きの声がした。
「さぁて、お主の男は人質でありんすよ?」
突然目の前に、柔らかいものが現れる。柔らかくて、脈打っていて、程よい弾力の……。
「いやーん、えっちぃ……でありんす」
俺の行く手に、突然魅皇が現れたのだ。そして俺は……。
「モゴモゴっ」
程よいサイズの……胸ッ!
「ああん、擽ったいでありんす」
魅皇の胸に顔を埋め、逃げられないように両手で押さえつけられた状態にある。完全に頭をロックされた。前方には柔らかい双璧。後方には鱗の生えた強靭な腕。
「んーーー!」
ダメだ、想像より大きなソレは完全に俺の呼吸器官を塞いでいる。く、苦しい……。苦しい上に妙なドキドキ感が込み上げてくる。
いや、何を興奮しているんだ俺は……。状況を考えろよ……!
「さぁ、この男を返して欲しくヴォバァ」
──あれ? 苦しくない……?
「ア、アンタっ! アタシのダーリンに触れたわねッ! 許さない、絶対に許さない……ッ!」
どうやら、魅皇の顔面を懇親の力で殴ったらしい。
魅皇の体は宙を舞い、壁にめり込む形で吹き飛ばされていた。
いや、普通の人間相手だったら死んでるぞ。と、動揺する俺の手を引くガトーショコラ。
先程まで俺の呼吸器を塞いでいた柔らかい感触の代わりに、今度は少し硬いものに顔が押し付けられる……。
「っておいっ!」
慌てて俺はガトーショコラを引き離してしりもちを着いた。頭が真っ白になりそうだ。
「お、おま、おまっ!」
「あれれ? もしかしてダーリン、アタシにときめいちゃった?♡」
「ちげ、違ぇよ! けどその体は……さ、佐藤亜月さんの……もので……」
亜月さんの胸が……。お、俺の顔に……。いやでも今のこいつはガトーショコラなわけで。でも身体は確かに佐藤亜月さんのものだから……つまり、その。
って、俺は何を煩悩に支配されているんだ。ガトーショコラもガトーショコラだ。なんでそんなに嬉しそうにニマニマとこちらを見つめてくるんだ。
「ええい、忘れろ忘れろ! とにかく、ガトーショコラ! ここは一旦引くぞ! こんな奴と戦ってるよりもっと先に調べるべきことがある!」
そう、
もし彼が魅皇の求める存在であるなら、
「ガトーショコラ、帰るぞ!」
「ダーリンがアタシと二人っきりで帰宅することを望んでいる!?」
「ちげぇよ! なんで部活終わりに一緒に帰ろうみたいなノリで喜んでんだよ! 今命のやり取りしてんだぞ!」
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