第108話、挑発挑発又挑発。

「ダーリンはじっとしててね♡」


 突如として現れたガトーショコラの言葉に頷き、先程よりもよりハッキリした意識で状況を確認する。

 窓一つないビルの一室、全てをコンクリートの壁で覆い尽くしたその場所で、魅皇みこ網剪アミキリと呼ばれた、エビかムカデのような形の魑魅魍魎が俺を取り押さえている。そいつはカサカサと音を立てながら無数の足を動かし、銀色に鈍く光るハサミをジョキジョキと鳴らしていた。

 そこに対し、崩壊したアスファルトの穴から入り込んだガトーショコラが、青いフリルの着いたドレスを揺らしステッキをこちらに向けている。


 彼女のその姿を、俺は身をもって知っている。体験している。経験している。怪人フラワーを召喚し、奴らの頂点に立つ最強の女。ガトーショコラが俺を助けに来たのだ。


「あれ、ダーリンもしかして怪我してる? 安心してね♡ すぐに治してあげる♡」


 彼女が素敵な笑みを浮かべながら俺に向けて杖を向けた。次の瞬間、俺の全身に着いた傷がみるみるうちに回復していく。

 すぐに理解した。これはアクアマリンの能力だ。俺の体に流れていた毒も両足の痛みも引いていく。超回復魔法である青い光の泡が、いつの間にやら俺を包み込んでいた。


 急激な回復を見せる俺の肉体に、魅皇と網剪が驚愕の表情を隠そうともせず目を合わせる。

 それから、ビスマス鋼のような鱗の生えた女性は、慌てて警戒した風にガトーショコラを睨みつけた。

 殺伐とした雰囲気の中、目線を浴びるドレスの女性。その場の空気に似つかわしくない姿が、むしろシュールにすら思えてくる。


「な、何者でありんすか! お前は!」


 魅皇の恐る恐るとした発言に、ガトーショコラは腰に手を当て飛びっきりの笑顔で答える。


「あはは♡ アタシはダーリンの彼女よ!」


「違ぇよ! 何勝手に設定付け加えてんだよ誰も許可してねぇよ」


 どさくさに紛れて何を言い出すんだこいつは。本当に油断も隙もあったもんじゃない。


「えー、助けに来たのにぃ……ケチ♡」


 ガトーショコラのウインクを見てしまった俺は物凄く気分が悪くなる。オエッ。

 いや、そもそも助けに来て欲しいなんて言ってない。勝手に来たくせに恩着せがましい奴だ。それに来てから俺を回復こそしてくれたものの、まだ助け出しちゃいないじゃないか。何を勝ち誇っているんだが。


「わ、わっちの誘いを断った理由は……そ、その女でありんすか!」


 魅皇は魅皇で、俺に振られたこととガトーショコラに女としての魅力で負けた事とで顔が真っ赤だ。どうも怒りからか、長い爪を擦り合わせて音を立てている。いや、俺としてはガトーショコラよりも魅皇さんの方が美しくて魅力的なんだが。だが、こういうヒステリックな側面は良くないな。美人は三日で飽きるなんて言葉もあるが、やはり人は見た目だけでなく中身も大事なのだろう。

 俺を引き入れることが出来ず、加えて死んだ魚の目にボサボサ髪の女子力皆無女に負けたとあってか、かなりのショックと怒りが見て取れる魅皇。そんな姿を見てガトーショコラは表情を引き攣らせた。


「アンタみたいな年増ババアがダーリンを口説けると思ったの? 無駄無駄なんですけどぉ♡ 1000年前ならワンチャンあったかもね♡」


 死んだ魚みたいに真っ白な目で、キューティクルのキの字すら感じさせないボサボサの黒髪を舞わせる女が何を言っても、説得力なんてあったもんじゃないだろう。誰もお前みたいな見るからに世界滅亡できる邪悪の塊を好きになることは無い。断言出来る。


 しかし……今は素直になるべきか。


「すまんガトーショコラ、助かった」


 俺が頭を下げると、魅皇はより一層悔しそうな声を上げ、ガトーショコラはより一層嬉しそうに表情を輝かせる。そのなんとも憎たらしい顔面にトランスパンチをぶちかましてやりたいが……。


「今日はマジでお前に感謝してる」


「ダーリン感謝しすぎ♡ あはは♡ もう結婚するしかないね♡」


「それはおかしい」


「えー♡」


 唇を尖らせて抗議の意を示すガトーショコラに対し、その態度が気に食わなかったのだろう。網剪アミキリが、走り回るゴキブリに似た音を立てて空中を駆け、両腕の鋭いハサミをガトーショコラへと向けた。


「ワレを無視してんじゃねぇぞワレェ! ワレの能力はッ! 絶対切断ッ!」


 網剪がジョキジョキと刃を鳴らす度に、彼が走り回った周囲の壁や柱や天井に鋭利な亀裂が入る。彼のハサミが触れるとかは一切関係ないらしい。

 ただ、ジョキジョキと音を鳴らすだけで切断されていくのだ。コンクリートでできた壁も、柱も、天井すらも。


「こ、コイツ空間ごと切り取ってるのか!?」


 まさかの距離感ほぼ無視攻撃だ。あんなのに近づかれたらいくらガトーショコラといえども真っ二つにされてしまうだろう。


 という心配は無駄だった。


「……グガボッゴッッ!」


 突然、網剪は空中で呼吸が出来なくなり泡を吐く。


「あーあ、ざーこ♡」


 ガトーショコラが煽り、嘲笑う。その姿に激情した網剪は、より一層大きな泡を口から零した。そんな姿を見て、俺は大きな欠伸をして見せる。


「そんなエビみたいなやつサッサと殺っちまえよ、ガトーショコラ」


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