第105話、挑発は気の持ちよう。

 まさに怒り心頭といった雰囲気の魅皇みこは、唸り声を四方から響かせる。どこにいるのか、やはり明確には分からない。ハッキリと圧を感じる。殺気を感じる。それなのに、何処にいるのか分からないのだ。

 いや違うな。どこにでも居るような感覚……と言った方が的確だろうか。

 彼女の居場所について考察と察知を繰り返しながら、俺は呼吸を整えた。もう暗闇の中で戦うことは確定だろう。火車を倒した時点で俺が頼りにできる明かりは消えてしまった。もう視力に頼ろうとするのは辞めるべきだ。聴覚、音を使って戦うしかない。さて、どこから攻撃してくるのか。集中して耳を澄まさなくては。

 それに、気がかりな点がもう一つある。あの女の能力についてだ。先程、俺は確かに空中から突如として現れた魅皇の腕を見た。彼女の姿はなく、腕だけが現れたのだ。彼女の能力は何なのだろう。空間を捻じ曲げて腕だけ出現させたとか、そういうことだろうか。もし仮に空間操作系だとしたらかなり厄介なだろう。俺とこうして戦っている間に、細柳小枝の居場所を突き止めて攫って来るかもしれない。

 いや、火車にそれを命じたということは不可能なのだろうか。範囲が限られている……とかかな。


 ふと、背後に気配を感じて、俺は慌てて横に回避する。それと同時に、俺が回避した先から魅皇の腕が伸びてきた。全く気配のなかった場所からだ。


「あっぶねぇ!」


 確かに後ろで呼吸音がした。だが攻撃は右から飛んできた。脳内でその情報を合わせると、魅皇の腕の長さはおおよそ3mはある。無論、俺は直接この目で彼女の姿を見ているから、そんなはずは無いと断言出来る。彼女は俺よりほんの少し小柄な女性だった。もしくはあれか。体が伸縮自在とか。いや、そんな素振りは見せなかったな。


 ってことは、やはり空間系の能力か。


 そう思うや否や、頭上から鼻息が。


「俺の拳を喰らっとけッ!」


 慌てて上空に向けて拳を放つも、完全に空振り。空を切った拳の音と同時に、足元から伸びてくる魅皇の爪先。


「危ねぇ!」


 すんでのところで回避しながら、俺は尻もちを着く。ダメだ。全然わからん。暗闇という弊害も相まって、魅皇の動きが全く想像つかない。そもそも以津真天いつまでんにこの場所へ連れて来られているわけだから、地の利も相手にある事だろう。

 ……あれ、ちょっと待てよ。俺って勝ち目薄くないか?

 相手の能力はわからず、それでいて相手は魑魅魍魎ちみもうりょうを生み出す力もある。加えて俺はドアも窓も無い部屋に閉じ込められており、奴らは恐らく奴らなりの移動手段を持っている。


 うん、どうやら追い込まれているのは俺の方らしい。


「魅皇さんよ、あんたいいのかい? 天照大御神様を迎えに行かなくて」


 真っ暗闇に向けて言葉を発し、返事を待つ。先程まで火車が居たから見えていたものの、やはり窓一つないビルの一室だとどんなに時間が経っても目が慣れようとはしてくれないらしい。

 なんとかして、この状況を打破しなければ、俺のヒーロー生命がここで終わってしまう。


「俺とこうやって呑気に話してる間にも、天照大御神とやらは逃げちまうかもなぁ!」


 ここは時間稼ぎといこう。トランス状態を維持するために毎秒お金が引き落とされてしまうが、それでも構わない。一旦落ち着いて、着実に相手の能力を探るしかない。


「もしかしたら、天照大御神ってのはあんたの野望と違ってこの世の滅亡だとかは望んでないんじゃないのか?」


 苦しい挑発だ。だが、効果が無いわけではないだろう。なにせ魅皇からしても、何故天照大御神が自分自身に結界を貼って姿を隠しているのか分かっちゃいないのだろうから。


「もしかしたら、あんたらに見つけて欲しくなくて隠れているのかもな! 本当は平和な日常を謳歌したいんじゃないか? お前らはそんな神様の平穏な日々に水を差すつもりかい?」


 口から出任せに良くもまぁぬけぬけとこういう言葉が出てくるなぁ。等と自分に感心しながら、俺は耳を済ませる。魅皇は姿を眩ませるために返事すらしてこなくなったつまり、言葉だけであれば俺が一方的に攻撃している状態だ。

 そろそろ、不安にもなってくるだろう。


「魅皇さんよ、あんたはあんたのボスの自由ってやつをもう少し大事にしてあげたらどうだい?」


「……っ」


「そこだァ!」


 左側で足音がした。俺はその音を聞き逃すことなく飛び蹴りを放つ。だが──。


「──居ない!?」


 またしても空振り。慌てて崩れたバランスを立て直そうとした矢先に、首を強く締め付けられた。


「何故だ……!?」


 俺を羽交い締めにするような形で、魅皇が俺の首を後ろから両腕で締め付けてくる。そんな彼女の立つ場所は、確かに俺が攻撃したはずの場所……。気配がすると思い蹴りを入れたが、誰も居なかった場所。居ないと思ったら、魅皇が居た。


「あの御方は時を待っているだけでありんすよ。過去の敗北を二度と味わうことの無いように、機が熟すのを待っているのでありんす」


「何故そこに……グハッ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る