第104話、最後の拳をいざ放たん。
俺が初めてトランス能力に目覚めたのは、小学生の頃。あの頃からもう何年もこのベルトと共に戦ってきたが、それでもなお慣れないこの感覚。腰に集中した熱が、ベルトの発現と同時に全身に広がるこの感覚。
俺の肉体を限りなくオリオン座に近付けた結果、俺の体はその灼熱と膨大な質量により崩壊し始める。それを抑え込むための外骨格──いわゆるアーマーが必要となる。
このベルトは、そんな俺の莫大なエネルギーを抑え込むアーマーを管理し、俺の中に溢れるエネルギーをコントロールするための機械。言わば心臓だ。
「行くぜ、覚悟しな」
俺は両の拳を前に突き出し、空中に星を散りばめた。俺の拳の挙動に合わせ、星々は線で結ばれる。そこに描かれるは、力の象徴オリオン座。
「変態ッ!」
「な、何を突然! わっちは変態などではありんせん! お、お主が、か、勘違いさせるような事を言うから、て、てっきり!」
何故だか、着物の位置を直しながら魅皇が顔を赤くしてしまったが、今の俺には関係ない。腰のベルトの中央を叩き、エネルギーを放出させる。そこから排出された黒々としたアーマーは、空中に描かれたオリオン座と一体化し俺の方へと向かってくる。
火車は危機を察したのか、タイヤをフル回転させて壁に埋まっていく様子だ。このままでは逃げられてしまうだろう。
俺は全力で走り、空に浮かぶ自らのアーマーにぶつかった。
痛くはない。アーマーは俺の体に合わせて形を変え、大きさを変え、俺の全身を包み込む。それと同時に俺の体がまるで一気に爆発したかのような感覚を覚えた。熱が、エネルギーが、そして活力が、皮膚を飛び越え全身から吹き出す。それをアーマーが必死に押さえ込んだ。
『トランス・オリオン』
ベルトが聞き慣れた声で聞き慣れた言葉を発する。トランス完了の合図だ。
その証拠に、俺の走る速度は急激にアップした。もう地面に八割方埋まってしまった火車に追いつき、その燃え盛るタイヤを両手で鷲掴みにする。
「逃がさねぇぞてめぇ!」
轟々と音を立てて燃え盛る火車だが、見た目の割にはちっとも熱くない。ただ眩しいだけの炎だ。この程度の敵なら、余裕でやれる。
「み、魅皇様! この男を止めてください!」
火車がそう叫び終えるよりも先に、俺の耳元で透き通った声が聞こえた。ちょうど、俺の真横から。
「分かっておりますよ」
「なっ!?」
慌てて振り返るも、そこに姿は見えない。しかし、確かに気配はする。
「どこを見ているでありんすか?」
「なに!?」
今度は右側。しかし同様に姿は見えない。
「ほうれほれほれ」
右? いや左。違う、真上か? ダメだ、色んな方向から声が聞こえてくる。
「わっちは」
無数の方向から、無数の声。右から、左から、上から下から背後から、それぞれの声が複雑に絡まり、まるで催眠音声を聞かされているような感覚に陥る。
と、突然左耳元でハッキリと声が聞こえた。
「どーこだ?」
突如、俺の後頭部が凄まじい衝撃を受けた。だが、不意打ちとはいえ所詮は女の攻撃。歯を食いしばって痛みに耐えつつ、火車を引っ張り出してやる。
「よっしゃぁ! 抜けたぁ!」
「ぐはぁ、しまった!」
「おい火車よ! 何をしているでありんすか! はように天照大御神様を迎えに行っておくんなまし!」
同時に三人がものを言い、そして俺が誰よりも早く拳を振り下ろした。
「トランスパンチッ!」
『サード・トランスパンチ』
腰から飛び出した残り一つの星が弾け、その光が俺の拳に注がれる。
あとはこいつを振り下ろすだけだ。
「弾けろッ!」
灼熱を帯びた右拳が、もの見事に火車の中心を捉えた。魅皇が慌てて駆け寄るよりも早く、火車の体を貫通する。
「魅皇……様ァ!」
「火車ァ!」
魅皇の腕だけが俺の眼前に出現する。その手は真っ直ぐに火車を捕まえようとしていた。だが、彼女の片腕が消え入る魑魅魍魎に触れるより先に、猫から産まれし火車の体は散り散りの灰と化していった。彼が生じる際にベースとなった猫の死体すら、そこには残っていない。
先程まで灯りとしての役割を全うしていた火車であったが、もちろんのことながら俺が消滅させてしまったがために部屋が漆黒に包まれる。
「さて、これでお前はもう細柳小枝を狙えねぇぜ」
暗闇の中、俺は手首をプラプラと振ってから握り直した。
「お主……お主よ……鬼龍院刹那ァ!」
心底お怒りのご様子で、彼女は暗闇の中凄まじいオーラを放っている。火車を失ったことで姿が見えなくなってしまった魅皇ではあるが、彼女の放つ異様な雰囲気は肌にピリピリと感じることが出来る。
しかし真っ暗だ。窓一つなく扉すらなく、頼りになる明かりなどどこにも無い。これでは何処に彼女が居るのか分からないし、どこから攻撃を受けるのかも想像ができない。音を頼りにしたいところではあるが、彼女が何処にいるのか耳を済ませども、四方八方から声が聞こえてきて実態が掴めない。
「許さぬ、決して許さぬぞ!」
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