第103話、敵の事情は知る由もなし。

鬼龍院刹那きりゅういんせつなよ、申し訳ない。もう一度初めから言って欲しいでありんす」


 俺が行った怒涛のツッコミがよく聞き取れなかったらしい。と言うより理解できなかったの方が正しいだろうか。


「えっとね……まず最初に突っ込んだのはって質問はその人とは違うんだけどってツッコミで」


「あぁ、それは分かったでありんす。お主は天皇ではないぞーって言いたかったのでありんすね」


「そうそう。んで次に、その人はまだこの時代にも代々続いてるって突っ込んで」


「それがよく分からなかったのでありんすよ。続くってなんでありんすか?」


「あー、なんか、天皇陛下っていう人が代々日本の代表とした役割を引き継いでるって言うか」


「なんか仕事みたいなことをしているんでありんすね。わっちが知るアイツはただただ神通力を持った──」


「──待って、めっちゃツッコミ要素増えたから待って。先に説明させて」


 と言うか、ボケを説明するという屈辱なら味わったことがあるが、ツッコミを説明するのは初めてだ。

 なんだこれ。


「お前がいた世界では天皇って英雄扱いされてたの? っていうのはツッコミって言うより質問だな。驚いたって感じで」


「えっ?」


「え?」


「もしかして今の時代って英雄ではないのでありんすか?」


「英雄ってか、国で一番偉い人というか……国のシンボルというか」


「なんか色々変わったのでありんすねぇ」


「ってかお前何時代の人間だよ! ってのが最後のツッコミだけどもう一回言わせてくれ。お前何時代の人間だよ!」


 ってか天皇という存在をまるで親しい人みたいに軽い気持ちで呼ぶなよ。その手の話題に厳しい人が聞いてたらブチ切れかねない。俺だって別に天皇制度に詳しいわけじゃないんだから。


「わっちは神々がまだ地上にいた頃の時代の」


「ツッコミどころ増やすなァ!」


 と言いたいところだが、よくよく考えたらこいつらが何者なのかよく分からない。魑魅魍魎って言葉も、なんだか古めかしいし。もしかして本当に何百年も前の天皇を知っているのだろうか。


「まぁいいや。とにかくこの世界を破滅に導こうとしている存在を俺は倒さなきゃならない。そういう星に生まれたんだよ。俺はヒーローなわけ。天皇さんと同じかは分からないけど、俺はヒーローとしてこの世界に仇なす存在を倒す。その点お前は天照大御神アマテラスオオミカミとやらと連絡を取ることで世界滅亡を望んでいるようだが。そんなお前と仲良くすることは出来ない」


 ハッキリとそう告げた俺をまじまじと見つめてから、魅皇は大きな溜め息をついた。


「なるほどな。つまるところお主は、わっちらの神であらせられる天照大御神アマテラスオオミカミ様を亡き者にするべく近づき、更にはわっちらの用意した軍勢を止めに来た……そういうわけか」


 うん、違うんだけど。全然違うんだけど。そもそも俺は教室で魅皇の声が聞こえてこなければこんな場所に来る予定すらなかった。天照大御神が誰でどんな人なのかってことすら、そもそも俺は知らなかった。今しがた魅皇の口からネタばらしされたからようやく話についていけているというのに。

 そもそも、魅皇が教室で謎めいた噂話さえしなければ、幽霊ビルなんぞに興味すら持つはずがなかったのだ。こいつは俺を誘き出しておきながら何を勝手に被害者面しているのだか。


「あのなぁ、そもそも俺を呼び出した張本人は今目の前に居て、そして彼女らが欲する天照大御神もとい細柳小枝は──」


 そこまで口にして、俺は今とんでもない状況にあることを悟った。


「しまった、今あいつはこのビルにッ!」


 この発言がいけなかった。


「あぁ、お主が連れてきておったあの太った男……あれが天照大御神様でありんしたか。また中々随分お姿が変わられた。まぁ、あの御方は常々八咫鏡によって変身されていたでありんすから、そういうことなのでしょう」


 一人でなにやら納得したと言いたげに頷いてから、彼女はキッと表情を険しくして声を張り上げた。


「おい火車よ、あの男をここへ連れてまいれ! 丁重にお招きする必要はあるが、早急にでありんす!」


 俺の反応を見て、彼女はどうやら合点がいったらしい。先程までのか弱い女性といった雰囲気を完全にとっぱらって、火車に命令を下す。もう茶番を興じるつもりも無くなったのだろう。和服を慣れた動きで身に纏うと、ニヤリと笑って見せた。


「かしこまりました、魅皇様!」


 火車も突如として雰囲気の変わった魅皇を見てどうも安心したらしく、炎を上げて一気に下の階へと壁をすり抜けていった。


 いや、そうはさせない。逃がさない。もしこいつらの探している天照大御神とやらが、本当に細柳小枝だとしたら一大事だ。俺が世界滅亡に必要なラスボスの存在をこいつらに届けてしまったことになってしまう。そうなれば、ヒーローの名折れ。厳罰ものだ。


「行かさねぇよ、火車ッ!」


 俺は腰に手を当てる。先程までの興奮とはまた違った興奮が俺を覆う。そう、戦闘直前の武者震いだ。全身からアドレナリンが吹き出し、ちょうどベルトが出現する辺りは熱を帯びた。

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