第97話、天照大御神とは。
「俺の傍に……ずっと居た?」
動揺を一切隠せぬまま、俺は問いかける。室内は相も変わらずアスファルトが作り出した冷たい空間に満たされており、その異様に冷酷な空間を照らすために火車は轟々と炎を輝かせていた。
「
火車が頭を垂れながら、炎で構築された腕を今日に動かし、お茶を差し出す。
「おお、ご苦労さまでありんす」
魅皇は黒い長髪を指で掻き分けながら微笑み、巫女服を揺らして湯呑みをうけとる。
「うーむ、いい香り漂うこれがやはり好きで好きでたまらんのでありんす。ほれ、
その言葉を合図に、火車が動いた。
「どうぞ、魅皇様の優しさに感謝すべきだぞ人間」
「……どうも」
それを受け取りつつ、気がついた。
「……お前の手、熱くないな」
「当然だろう。私は火車。人の魂を運ぶことしか出来ぬよ。人に熱を与えることなど叶わん」
その言葉からも、やはりマリーゴールドを燃やしたのは火車でないことは確定だろう。
「まぁいいや。それで、魅皇さん。天照大御神って奴についてだけどさ」
「おい、貴様! 様をつけろ様を! 魅皇様になんて無礼な! 立場の違いを理解して出直してこい!」
火炎を吹き出し怒りの表情を浮かべた火車とは対照的に、魅皇は大して気に求めていない様子で茶をすする。
「よいよい。そう客人に対しガミガミするもんではありんせん。ほうれ、火車よ。お主も飲みんさいな」
「……かしこまりました」
渋々といった表情で、茶をすする火車。それを見て俺も、湯呑みにそっと口をつけて舌の上に流し込んでみた。
熱い……。
いや、熱いが、それよりももっといい香りが口いっぱいに広がった気がした。
「……う、美味い」
「そうでありんしょう。わっち、かなり舌が肥えてるので、思わず高級なものにばかり手を出してしまうのでありんすよ」
照れた様子で微笑む魅皇の妖艶さに、ふと心臓がドキリと音を立てた。
いやいや、勘違いするな。これはただ貧乏人の俺が本来飲めるはずのない高級茶を味わうことが出来た結果、心臓が恐怖と感動のあまり震えた音だ。いや、むしろ恐怖の方が大きいだろう。
そう、そうに決まっている。
この後莫大な金額を請求されるのではないかという恐怖心だ。それが俺の心を揺さぶっているのだ。
そうだ。
こんな女に思わず心動かされてドギマギするはずがない。だって俺には心に決めた佐藤亜月という人が居るのだから。
「お、美味しいですね」
適当に相槌を打って合わせるが、いや、マジで美味しい。なんだこれ。お茶ってただ草をお湯で漉しただけのものだと思っていた。
佐藤亜月さんが好んでいる紅茶も十分に美味しいとは思っていたが、この緑茶は比にならない。美味しすぎる。
苦味の中にほんのりと香る甘さ。それでいてしつこくない渋みと、鼻腔を満たす爽やかな香り。
これが、これが大金の味か。
「さて、鬼龍院刹那さん。わっちは本題に入った今だからこそお話したいと思っていたでありんすよ。お主様の隣に常に居てらっしゃった
また出た、天照大御神。俺の傍に居るとか、言伝だとか、全く想定がつかない。
「その、その天照大御神ってだから誰だよ」
マジで誰だか分からない。
「お主よ、本当に分からないのでありんすか? あれほど身近に居るのに? なんなら、お主に
「いや、そんな名前の知り合いは……」
「……まぁ、今の人間社会に深々と馴染んでいらっしゃいますから、確かに気づきにくいのかもしれませんが……。いや、あれだけ魑魅魍魎の話をしていて気づかないはずは……」
魅皇は想定外が大きすぎたのだろう。髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしって悩み出した。
「おい魅皇、その天照大御神って人に何を伝えたいんだ?」
その言葉を聞けば、もしかしたら天照大御神が分かるのかもしれない。
「ああ、簡単なことでありんす」
妖艶な笑みを浮かべた彼女は、両手を合わせて口を開く。
「わっちらはこの世を支配するだけの軍勢を整えました、と」
その言葉の重みを、俺はすぐに気がついた。
天照大御神という名の存在は、ラスボスなのだ。魑魅魍魎を束ねる真のラスボスなのだ。
「……それを伝えたら、天照大御神様ってのは何をするんだ?」
魅皇は微笑みを一切崩さず、美しい声色で答える。
「常日頃からお持ちになられている
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