第96話、ただの相談事、そこはかとなく。

「相談って……どんな相談なんだ?」


 定期消費されていくお金がもったいないと感じたため、ひとまず変態トランス状態を解除して、魅皇みこに素顔を見せる。


「いやいや、なにも特別な話じゃありんせんよ。ただただ単純に、わっちのお願いを一つ聞いていただけるだけで結構でありんす」


 お願いごととはなんだろうか。わざわざこんな回りくどいやり方で俺を呼び出す必要はあったのだろうか。それを考えると、やはり罠という可能性が脳裏をよぎる。いくら窮鼠きゅうそ以津真天いつまでんが罠ではなく単純に仕事をしていただけだったとしても、この女の言葉は信用ならない気がした。


「あまり警戒しないで欲しいでありんすねぇ。いくらわっちと言えど、そのような顔で睨まれればいい気はしないでありんす。ほれ、火車よ茶を」


 鱗まみれの指をパチンと鳴らすと、慌てた様子で火車がタイヤを回す。


「み、魅皇様……! 今すぐ沸かします! 茶葉はいかが致しましょうか?」


「は? お主よ、沸かしておらんかったでありんすか? いや、客人はもう来てらっしゃるというのに」


「すみません、直ちに!」


 タイヤの回転数が上昇するのに乗じて、室内の温度も釣られて上昇するのが分かる。


「湧きました!」


「はやっ!」


 思わず突っ込んでしまった。いや、早すぎだろ。


「茶葉は『金谷いぶき』と『金谷ほまれ』のブレンドがあるはずでありんすよ。ほうれ、はように茶を容れぬか」


「た、ただいま!」


 火車は器用に炎で出来た腕を使って茶を容れる。それを見ながら大きな欠伸をした魅皇は、改めてこちらを向いて問う。


「さて、わっちの頼みをいきなり聞いて欲しいというのも傲慢でありんす。まずはお主様の問いかけに答える時間と致しましょうか」


 長い角を自分で撫でながら微笑む彼女の表情は、相も変わらず妖艶さの中に胡散臭さが見え隠れしていた。


「では、とりあえず聞きたかったことから……。なんで俺を呼んだんだ?」


「おい貴様! この方は八百万の神の頂点にも匹敵しうる存在だぞ! 口を慎め! 敬語を使え!」


 何だこの猫、めんどくさ。


「よいよい、気にするなよと言うたであろうに火車が。わっちに対して警戒するのもまた自然の摂理でありんすよ」


 拳を構えてこらっと叱る魅皇の動きは、どこか可愛らしく見えた。


「さて、まずは一つ目の問から。わっちかお主を呼んだのは簡単な理由でありんす。わっちの今の願いを聞き入れてくれそうなのが、ヒーロー業界で活躍している鬼龍院刹那きりゅういんせつな、お主であったからでありんす。お主が一番『あの方』に近かったからでありんすよ」


 あの方……? あの方とは誰のことだろうか、と首を捻ってみて思い出した。天照大御神だ。何度か話にも出ていた名前、それがどうしたというのだろう。あの形について聞いてみたいが、もう一つ先に聞いておきたいことがある。


「俺に噂話を吹き込んだのもあんただろう。あの噂話は実話なのか?」


「ああ、確かにそれも気になってしまうでありんしょう。答えてしまうと、全部嘘でありんす。轢き殺された猫の死体はわっちが持ってきただけでありんすし、火車は生きた者を殺すことなどありんせん」


 火車は生きた者を殺さない。これは出部太田でふふとたこと細柳小枝ほそやなぎこえだも言っていた気がする。

 ということは、俺の目の前で突然焼け死んだマリーゴールドはなんだったのだろうか。やはり自殺だったのか……? ガトーショコラの話ではそんなことするはずがないって言っていたが。


 うーん、分からん。


「なんでそんな噂話を使ったんだ」


「怖い話であれば、物好きかヒーローしか来ないはずでありんす。無駄な客足も減らせて、その中から目当ての客人だけ厳選し窮鼠で閉じ込めてしまええばいいと思ったからでありんす」


「なるほどな。んじゃなんで細柳小枝は外に出してやらなかったんだ?」


「……ふむ」


 どうやら答えられないらしい。少し考えるような素振りを見せてから、魅皇は両手を広げて笑った。


「ネズミがわっちの命に逆らったから、とかでわかりやすいでありんしょう?」


 いや、分からん。全然分からんし納得はできない。が、分かったということにしよう。


「んじゃ、なんでこのビルなんだ? 噂話の時みたいにどこでも話が出来るなら、いっそ俺の家とかでも良かっただろう」


「ああ、それには条件が必要なのでありんす」


「条件?」


「わっちを含めいくつかの強い霊力を持った魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいは、まだ現世に馴染めていない者も多いのでありんすよ」


 現世……? この世ってことか。別世界から来てると考えてもいいのだろうか。


「わっちらが居られるのは天照大御神様の残り香がある空間のみでありんす。あのお方が居てくれた場所でのみ実在することが出来るので。そしてこのビルは、天照大御神様が一番長居した場所。よってここを拠点にしている。それだけの話でありんすよ」


「その、さっきから出てきた天照大御神って誰だ?」


 さぁ、ここから核心を突いていこう。一番気になる事を聞き、頭を混乱させる謎に終止符を。

 と思ったが、俺の問いかけが気に食わなかったのだろうか。突然魅皇の表情が変わった。


「何を言っておるか。お主のすぐ側にいつも居たでありんすよ」

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