第83話、魑魅魍魎、そこに在らん。

「噂話の通りだな……」


 幽霊ビルの存在は割と有名だった。街の人に話を聞いても、クラスメイトから話を聞いても、皆が口を揃えて同じ場所を指す程には。

 それこそ、今俺の隣でビクビクと怯え慄いている細柳小枝ですら、幽霊ビルの細かな住所を知っているほどだ。余程大都会K市では有名な場所なのだろう。もはや観光スポットだ。


「それで、仮に魑魅魍魎が居るのだとしたら……なぜK市のヒーローはこいつらを退治にし来ないのか。そこが気になるけどな」


「あぁ、ヒーローが幽霊ビルを訪れない理由でしたら知っていますぞ」


 涙目で、鼻の詰まった聞き取りにくい声色で細柳小枝は手短に説明する。


 どうやら、このビルの噂話は別段『怪しい明かり』だとか『猫の死体』だとかは関係ないらしい。

 元々このビルはお化け屋敷を作るために建築されたものなのだそうだ。だから幽霊ビル。外観も全ておどろおどろしい形に作り、窓ガラスは2種類を組み合わせて古びた雰囲気を醸し出した。あえてビルの塗装は薬品で剥がし、古びた感じを演出したものなのだという。しかも完成したのが半年前。


「なら、まだ人が居るんじゃねぇの?」


「そこが不思議なのです!」


 細柳小枝曰く、幽霊ビルはつい一か月前までお化け屋敷としての機能を発揮していたのだという。

 そのお化け屋敷のテーマが、ヤクザが居なくなったビルで悲惨な死を遂げた猫を追悼するというものだった。


「ってことは、今日聞こえてきた噂話は」


「幽霊ビルのキャッチコピーです。ただ、その話に人が燃えるうんぬんかんぬんの尾ひれは付いてません。それに何より、誰もいない空間から声が聞こえるのはおかしいです!」


 まぁ、それもそうなのだが、どうもビルの物語に沿って魑魅魍魎が活動しているような気がしてならない。


「ところで、一か月前までって言ったよな……? なんで休業したんだ?」


「いいえ、休業ではありませぬぞ。どうも暴力団絡みらしく、スタッフ全員が追い出されてしまったのだとか」


「追い出された……?」


 怪訝な表情で問いかける俺に、細柳小枝は小さく頷いてから続ける。


「ビルの中に入ってきた怪力の持ち主が、中の人全員追い出した挙句居座り始めたらしく、警察も対処しきれずに困っているうちに、完全にその人の家になったらしいですぞ」


「……は?」


 いや警察もヒーローも仕事しろよ。と本気で思ってしまった。


「ヒーロー協会も黙ってはなく、大量にK市のヒーローを派遣したそうなのです」


「なんだ、仕事してんじゃん」


「ところが、全滅」


「は?」


「合計で30人のヒーローを送ったそうですが、その全てが重傷を負って帰ってきたそうです」


「化け物じゃねぇか」


 細柳小枝は両目の尻をこれでもかと釣り上げて俺の体を揺さぶる。


「だからやめようと言っているのです! 倒せるはずがない!」


 なるほど、彼の見せる恐怖は、ただホラーが怖いからという単純なものでは無かったらしい。もっと根本的に、直接的に『死』と直結していたのだろう。


「だが、それを聞けば俺は行かなきゃならない。俺はヒーローだからな」


「もう、松本くんのそういう所が……っ!」


 彼は続きを言わずに懐から取り出した財布を開いた。


「我、松本くんを信じます!」


 そのまま俺の手に握らせたのは一万円札。


「……出部くん」


「細柳小枝です」


「ありがとう、俺が幽霊ビルを平和にしてやる」


 決意の眼差しを向ける俺に、彼のはため息混じりに呟く。


「本当は引き止めるつもりで着いてきたんですけどね」


「ん?」


「いえ、さぁ行きましょう。我もその存在を目に焼き付けたくなってまいりました!」


 俺の正義感に釣られたのだろうか。細柳小枝も、意気揚々と幽霊ビルを睨めつけた。

 今も尚、光は一室から揺らめいて見える。


「しかし、なんで人を呼び寄せるような事をしてるんだろうな。そいつが怪人フラワーなのか魑魅魍魎なのかは分からないが、もし人を集めたいのなら、このビルを奪い取った時に従業員を追い出さずに確保しておけばよかったはずなのに」


「むむ、言われてみればそれも確かに」


 俺の言葉に同意の意を示した細柳小枝は、幽霊ビル入口で大口を開けたままの自動ドアの向こう側へ足を踏み入れつつ過程の話をする。


「もしかすると、魂を集めて軍隊でも作っているのではないですかな。魑魅魍魎という名前なのですし、幽霊や妖怪とも関連してそうですしな!」


「幽霊ビルに幽霊が住む……ねぇ」


 細柳小枝の後に続いてビルの中に入った瞬間だった。ガラス製の、開きっぱなしの自動ドアが音もなく閉じられた。


「なっ!?」


 異変に気づき引き返そうとした矢先、真っ暗だったエントランスの蛍光灯が突如点滅を始める。


「やっぱり罠だったのか!」


 恐怖のあまりその場で丸くなる細柳小枝を尻目に、俺は一万円札を携帯端末に読み込んだ。

 片手に握られていた大金は、瞬時にデータと化して消え失せる。


 その動作よりも先に、一番奥のエレベーターがゆっくりとドアを開けた。


『上へ参ります』

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