第68話、太陽を見つめる花ありけり。
それにしても、バーニングさんのこれから住むという住所、どこかで見覚えがある。加えて手紙の文字。いや、あの便箋もどこかで見た気がする。俺の記憶力が悪いのか、それともただの気の所為なのか。
ハッキリとしたことは分からないが、どうも気になって仕方がなかった。
「あの、バーニングさん」
俺が声をかけた赤髪の女性は、退屈そうに大きな欠伸をしてからこちらを向いた。
「なんじゃ? 道にでも迷ったか? 情けない奴よのぉ」
「あんたと一緒にしないでください」
間髪入れずに返した言葉で気分を害したのだろう、彼女はムッとした表情でそっぽを向いた。
「いや、バーニングさん。ごめんなさいごめんなさい。別にバーニングさんをバカにしたかったわけじゃないですよ?」
「どうせ妾は孤独な根無し草よ!」
拗ねてらっしゃる。いや、この人本当に面倒くさいな。すぐキレるし暴れるし問題行動ばかり起こすし、俺がこうして優しくしてあげても感謝のひとつも見せやしない。
「あの、バーニングさん」
「……」
無視だ。完全に無視だ。この人、この性格でよく今まで生きてこれたな。しかも不良から金をせしめてパチンコ生活していたんだろう? 人としての尊厳を失っている。
「この手紙、ホントどこで拾ったんですか?」
「……」
無視だ。この人とことん無視決め込むつもりだ。いや面倒臭い。本当に面倒くさい。
まぁいいや。マップ上だと、もうすぐでバーニングさんの家に着くはずだ。それにしてもこの道、どこかで見たことある気がするなぁ……。どこで見たんだっけ。
ふと、そんなことを考えた瞬間だった。突如目の前に黄色の花が咲き乱れたのだ。それが何なのか、俺は瞬時に理解した。
「
俺の予感は的中した。陽の傾いた黄土色のアスファルトを覆うようにして、菊の香りが一気に広がる。外壁からすり抜けるようにして緑の強い葉や茎が伸び、それらが絡み合うようにして人に近い何かを形作った。
「おほほほほほほほほほほほほほほ」
甲高い笑い声とともに、アスファルトに咲く無数の花々が揺れる。その中央で、次第に絡まりあった植物は融合し、人間と同じ背格好に成り果てた。
「わたしわたしわーーーたし、シアワセシアワーーーセ!」
不気味なビブラートと共に開花した巨大な花は、花弁を揺らして笑う。黄色の強い花びらの隙間に、涙を浮かべた目が覗く。その表情を一言で表すのなら……嫉妬だ。
まるで俺の事を。いや、俺達のことを恨めしそうに睨めつけるのだ。涙を流しているのだ。
「シアワセシアワセシアワーーーセなのよ! わたしわーーーたし、シアワーーーーセ!」
「ガトーショコラの奴、また
先程のレストランでお金は使い果たした。変態は出来ない。戦闘は可能な限り避けたい。それに今、バーニングさんが隣に居る。彼女を守ることを最優先にしなきゃならない。
「わたしわーーーたし、マリーゴールド! マリーーーーーーーー、ゴールド!」
まるで狂ったロボットのようだ。同じことを何度も繰り返す。動きは機械仕掛けの人形のように歯切れが悪く、首を何度も傾けて体を震わせている。
自らをマリーゴールドと名乗ったその花は、それからも『シアワセ』という言葉をまるで使命であるかのように口にし続けた。そんな
「わたしわーーーたし、シアワセシアワセシアワセシアワーーーセ……。見ているダーーーケデ。見ているダーーーケデ……。シアワセーーーーーー!」
心にも無いことをよくもまぁ言えるものだ。マリーゴールドの表情は苦悩で歪み、苦痛に嘆いているようにすら見える。
「ガトーショコラ、どういうつもりでコイツを召喚したのかは知らないが……ッ」
俺は携帯端末のマップ機能を終了させ、検索エンジンを起動させた。そこに入力するのは『マリーゴールド』スペース『花言葉』だ。
「フラワーはその花言葉を体現する……だよな!」
ガトーショコラが召喚したということは『願いを叶えさせない』ということだ。
そしてマリーゴールドの花言葉は……。
「……嫉妬、絶望、悲嘆だと!?」
つまり、何が望みなんだ。こんなマイナスな願い……。マリーゴールドは何を邪魔しようとしているんだ。
「シアワセ……シアワセシアワセシアワーーーーセ! わたしわーーーたし、シアワセになーーーーるの!!! あなたはしーーーーーらない!!!」
嫉妬の対義語は……憧れ?
絶望の対義語は……希望?
悲嘆の対義語は……歓喜?
分からない。この
「わたしわたしわーーーたしを、理解しないでくれるのねぇ!!!!」
なぜ喜んでいるのか分からないっ!
「あなたあなたあなーーーーたたち、ずっとずっと一緒、ずーーーーっと、一緒ぉぉ! 憧れるぅ!」
困惑が止まらない。何を求めているのかまるっきり分からない。フラワーのやろうとしていることを解析しようだなんて、そんな無意味なことに意識を注ぎすぎてしまった。そんなことをする必要なんてなかったのに。
仮に願いがわかったところで、弱点がわかったところで、俺にコイツは倒せない。だって変態するためのお金が足りないのだから。
「畜生が! 逃げましょうバーニングさん!」
俺が慌ててバーニングさんの手を握るよりも早く、マリーゴールドは動いた。
「永遠に、永遠に、えいえーーーーーーんに、輝けーーーー!!!」
その金切り声にも似た叫びは、周囲のマリーゴールドまでも振動させる。そして、沈みゆく太陽の光を吸収した花々は。
皆、俺とバーニングさんを向いて。
一斉に燃えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます