第67話、その女の家を知り絶望を知る。
「おい、おいうぬよ。聞いておるか?」
脳天気なものだ。涙を堪えて立ちつくす俺を他所に、バーニングさんは大層嬉しそうな表情で伸びをした。
一方の俺はというと、未だに佐藤亜月さんの後ろ姿を目で追っている。今走って追いかければ、きっと追いつくだろう。だが、彼女に追いついてから何を話せばいいのかが分からない。俺は残念なことに、恋愛感情という奇病に対抗しうる手段を持ち合わせてはいなかったのだ。相談や花占い等の、気休めにしか過ぎない処置療法すら、思いつくこともままならなかった。
「……はぁ、佐藤亜月さん」
今、彼女は行き当たりの角を右に曲がった。家へ直行しているのだろう。一切こちらを振り返ることは無かった。終わったのだ。勘違いされたまま、弁明の余地もないまま、彼女に興味も持たれないまま、俺の初恋は終わってしまったのだ。
それも、全ては俺の隣ででかい欠伸をしている女のせいだ。バーニングとかいうふざけた名前の赤髪女のせいだ。こいつ明らかに俺より年上のくせに、節度というものを
俺の目に浮かぶのは、零れ落ちそうな涙。口から出るのは深い溜息。
「何をそんなにしょぼくれておるかマツモトキヨシ。元気を出さぬか」
「あんたのせいだよ! しかも俺の名前は松本ヒロシだっ!」
この女、本当に癪に障る。こんな事になるなら、関わるんじゃなかった。
「ふむ、すまぬの松本ヒロシよ。ところで何を泣いておるのじゃ?」
「な、泣いてないです!」
俺は慌ててシャツに顔を擦りつけ、深く深呼吸する。
リセットだ。一度気持ちを落ち着かせよう。荒ぶる感情を鎮めて、次にどうすべきかを考えよう。そう、俺はヒーロー鬼龍院刹那。恋愛がしたくて大都会K市に移り住んだ訳じゃない。この街を安全にするためにやって来たのだ。
そう自分に言い聞かせ、俺は隣に佇む暴力女の方を向いた。
「あの、バーニングさん。そろそろ帰りませんか? 送りますよ」
「ん? おぉ、そうじゃな。気が利くのぉマツモトキヨシ」
「あんたわざとやってるでしょう」
呆れ顔で睨め付ける俺に、バーニングさんは頬笑みを浮かべる。
「なんか文句でもあるか?」
その表情の裏に、業火のオーラがチラ見する。凄まじい圧だ。きっとノータイムで俺の喉元を鷲掴みにするつもりだろう。
「いえ、なんでもないです」
なんで優しくしてあげてる俺が脅されなきゃならないんだ。
「ところで、家どこですか?」
そう訊ねると、彼女は少し困ったような表情で首を傾げた。
「いやな、妾とした事が今の今まで根無し草だったんじゃ」
……は? 根無し草って、もしかして今まで野宿? この人ホームレスなのか?
「し、失礼ですけど、今までどこに住んでたんですか?」
俺の問いかけに、バーニングさんはさも当然のように答える。
「住処など無かったの。方々を転々とさ迷っておったわ。最初に目覚めたのは
いや、どこ。
「へ、へぇ。それで今までどうやって生活を……? お金とかよくわからなかったんでしょう?」
「あぁ、それには及ばぬ。ここへ来るより前は数人ほど下僕がおってな」
下僕……? 服装や話し方から想像はしていたが、もしかして金持ちだろうか。金持ちだけど何らかの理由で島流しにあって、偶然たどり着いた日本で家来たちと共に暮らしていたとか、そういう感じだろうか。
「パチンコなるものに興じておった男共を捉えてな、そヤツらから食料をせしめて暮らしておったのじゃ」
ゲス女じゃねぇか。
「へ、へぇ……それがなんでまた、こんな所に?」
「それがの、妾もそのパチンコとやらにどハマりピーポーオンデマンドしてしまってのぉ。装飾品全て売りさばいて、全額投下してしまったのじゃ!」
クソ女じゃねぇか! パチンカスじゃねえか!
「その時相席しておった中学生を名乗る少年に色々手ほどきを受けてのぉ、日本語なるものも彼より享受したのじゃ」
クソガキから習った日本語だったのかよ。そりゃヘンテコなわけだわ!
「その少年からな、水を飲みたくば子供から搾取せよと習っておってな」
カツアゲもそいつから教わったのかよ! 最低じゃねぇか!
「そういう訳で、意を決して引越しに来たわけじゃ」
どういうわけだよ。意味わかんねぇし、なにやら突然バーニングさんは紙切れを取りだしたし。
「ここに越してくることを、突如推奨されてな。差出人は不明であるが」
彼女の手に握られた紙切れには、どうやら住所が記載されているようだった。そして丁寧な文字でこう綴られている。
『同居人募集中です。家事等をこなしてくれる方に限り、家賃はタダです』
これに似た文章を、俺はどこかで見た気がした。しかしそれがなんだったのか、どうも思い出せない。
「まぁ、妾はこの文言に誘われるがまま、この街にやって来たわけよ。さてマツモトキヨシ、旅は道連れじゃ。この場所に案内していただけるかな?」
「俺は松本ヒロシです。まぁ、分かりました。連れていきますよ。それとバーニングさん、恐喝は犯罪だから、今後人から金や食べ物を無理やり奪っちゃダメですよ?」
住所はここからすぐ近くのようだ。家まで送るついでに、日本のルールを教えてあげるとしよう。
「ご他話は良い。早う案内せんか」
まぁ、聞く耳持たずに犯罪に手を染めたとしても、もう助けてあげないでおこう。俺はそう決めて、歩き出した。
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