第46話、それはトパーズの能力で。

「あ、ダーリンは戦わなくてもいいよ?」


 携帯端末を取り出し、超絶便利なアプリケーションを起動。カメラに収めた所有物を金銭に変換して口座に送る特殊アプリに、自らの制服を収めようとしたまさにその瞬間だった。ガトーショコラが杖を俺に向けて微笑み、それを制したのだ。


「は? お前、俺に戦わずして死ねって言ってるのか?」


 苛立ちを露わにして怒鳴る俺を、彼女は恍惚の笑みで煽り出す。


「あはは♡ 戦うって、ダーリン昨日の戦いでトランス代償使い切ったんでしょ〜♡」


「は、はぁ??? つ、使い切ってないしぃ? ぜ、全然余裕だしぃ? 余裕のよっちゃんだしぃ???」


「よっちゃん?」


「よっちゃんだしぃ!!!!」


 ガトーショコラが、少し引いた素振りで頷く。


「とにかく、俺はまだまだトランス出来るんだって。なんの抵抗もせずに死ぬのはゴメンなんだよ!」


『シャッターを押してください』


 携帯端末が痺れを切らす。


『シャッターを押してください』


「はいチーズ!」


 ガトーショコラがポーズを決める。


『シャッターを押してください』


「ほらほら、ダーリン早く撮影して〜♡ 記念写真でしょ?」


『シャッターを押してください』


「うるせええええええええええええ!」


 怒鳴りを上げると共に、俺は携帯端末の画面をオフにしてポケットに潜り込ませた。


「お前らやかましいわっ!」


「えー、写真撮ってよー♡」


 ガトーショコラが甘えた声を出す。


「誰がお前を撮るかっ! とにかく、俺は最後まで戦う。止めるなッ!」


 叫んでスッキリしたので、再びポケットの中に手を伸ばしてからアプリケーションを起動させる。そんな俺を知り目に、ガトーショコラは呟いた。


「別にダーリンがそれでいいって言うんなら良いんだけどさ……。でも、ダーリンのトランス代償勿体ないよ? 無理してやるほどのことでもないよ?」


 意味ありげな物言いだ。


「どういう意味だ?」


 怪訝な表情を浮かべて彼女を睨むと、彼女は黄色のメガネをクイッと上げて続ける。


「ダーリンが戦う必要ないってこと。ダーリンは死なないから。なのにトランス代償を使い切るのって、勿体ないでしょ?」


 何を言っているのか理解できない。現在の俺は絶体絶命のピンチだ。サフラワーとベニバナを名乗る二体の怪人フラワー、そしてこいつらを生み出し、大都会K市に混沌を招いたラスボスたるガトーショコラ。俺はこの三人を同時に相手しなきゃならない。そんな状況の、一体どこに死なない保証などあるのだろうか。


「お前の事は信用出来ないッ! そう言って油断した隙に、俺を殺すつもりだろう」


 絶対そうに決まっている。やはり危険極まりない。彼女を信用するだなんて自殺行為も良いところだ。そう決心し、内カメを起動して制服をレンズに収める。あとはシャッターボタンを押すだけだ。


「あーあ、アタシってそんなに信用ないか」


「当たり前だろ」


「アタシの事、もう少し信用して欲しいな」


「……」


「信用して欲しいなぁ〜♡」


 敵を信じるなんて、不可能だ。


「アタシ、これからダーリンに色々と話す予定だったんだけど」


 ……そう言えば、話したいことがあると言っていた気がする。昨日の話の続きだっけか。確かにそれは気になる。だが、俺の好奇心を餌に罠にハメようとしている可能性だってある。


「ダメだ。信用出来ない」


『シャッターを押してください』


 端末が痺れを切らす。ガトーショコラはため息一つ。それからそっとステッキを握り直した。やはり、俺を殺す気だったらしい。


「ママママママママがお化粧の続きだからららららららららぁぁあ!!!!」

「ママァァアアアアアッ! ボクもボクもボクもボクもボクもボクもボクもボクもお化粧の続きだからららららららら!!!!」


 突然、怪人フラワーの二人が動いた。


「マママママママママはこれ以上ままま待てないわぁ!!!!」

「ボボボボボクモォ!!!!」


 母親の方は口紅を、息子の方はマスカラを片手に、クネクネと動きながらこちらへ向かってきた。気持ち悪い動きだ。というか、今の今まで待っていたのか。律儀だな。


「って、悠長に感心してられるかッ! トランスしなきゃっ! 俺は絶対……『負けない』んだッ!」


「……あはは♡ 心のこもったプラス発言だッ!」


 俺の指がシャッターへ伸びたその瞬間だった。間髪入れずにガトーショコラが叫んだ。


「熱風!」


 突如、俺の鼻先を見えない熱の塊が掠めて行った。チリチリと音を立て、俺の白髪が黒く焦げる。慌ててガトーショコラを見ると、彼女の瓶底メガネがいつの間にやら黄色から黄土色に変化していた。

 そして、ステッキはまっすぐと……怪人フラワーに向けられている。


 慌てて振り返ると、ベニバナの喉元に手形のような焦げがしみついている。そして、子供の形をした怪人フラワーは、ジタバタともがきながらも宙に浮いていた。


「安心してダーリン♡ アタシが守ってあげるから♡」

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