第45話、それは完全な罠で。

「話って……何の話だ──」


 ──ドゴォォオオンッ!


 ガトーショコラの意味あり気な態度に、真面目な表情を浮かべたちょうどその瞬間だった。

 先程母親とその息子が居たハズの家のドアが粉砕したのだ。


「いやまたかよ!!!」


 佐藤亜月といい、お化粧家族といい、ドアを破壊する人しか住んでないのかこの地域はッ! と思ったが、人がそう簡単にドアを破壊できるはずがない。その証拠に、立ち込めるドアの粉塵の中から現れたのは、どうも先程の親子とは違うようだった。そいつは、ビスマス鉱石や金、プラチナなんかを全身に身につけた、人ならざる異形。片手に口紅を持ち、もう片方の手に鏡をにぎりしめたまま、クネクネと動く怪人フラワーがそこに姿を表したのだ。


「な、なんだコイツらッ!」


 動揺隠せず目を見開く俺の横で、ガトーショコラがステッキを振る。


「トパーズ、アタシの願いに応えよ。その名に刻まれた永遠の誓いを今ここに示せ、変身トランス


 つい昨日見たばかりの光景だ。まさか、こうも連続してガトーショコラのトランスを見るハメになるとは思いもしなかった。

 と同時に、俺は血の気が引くのを感じた。瞬時に今起きている状況を理解した。ヤバい。俺は完全に罠にハメられたのだ。


「まさかガトーショコラッ!」


 俺は昨日の時点で金を使い切った、変態は出来ない。一方のガトーショコラは余裕そうにトランスをしている。そうだ、思い出した。ガトーショコラはトランス代償がほぼ無限にある。平気で能力を使ってくるんだ。


「まさか、この瞬間を待っていたのかッ!」


「えぇ、その通りよ。ダーリンにちゃんと話すべきことを話さなきゃと思ったから♡」


 話すべきことだって、とことん馬鹿にしやがる。コイツにとって今は正に昨日の戦いの続きなのだ。昨日確かに約束した。ガトーショコラについて話すと。佐藤亜月を守るとはどういう意味なのかと。だが、それは即ち戦いの延期。今、俺に話があると言っていた。つまり今こそ俺を殺そうとしている。そう解釈できるわけだ!


 そしてなにより、コイツはフラワーのボス。大都会K市を中心に怪人フラワーを召喚し、悪行の限りを尽くす女。そして俺は上京したてのヒーロー。フラワーとガトーショコラを倒し、囚われのヒロイン佐藤亜月を助ける男。

 ガトーショコラからすれば、俺は憎き敵。そんな俺を殺すために、近所にフラワーを配置していたのだ。

 どうやったのかは分からないが、ガトーショコラが予め用意していたフラワー二体。それに俺とガトーショコラ。この四人だけが結界内に閉じ込められる状況を作り出し、今度こそ確実に俺を始末する。そういう魂胆だったのか。


「ちくしょう、やられた」


「えっ、どうしたのダーリン、大丈夫?」


 コイツ、わざとか? あえて煽るような言葉を放ち、俺を苛立たせる。


「もしかして、さっき子供に投げつけられたお花が痛かった? うわー♡ 心配♡」


 くっそムカつくッ! トコトン馬鹿にしてくるじゃないか。そう思って睨みつけるも、ガトーショコラはすました顔でトランスを続けた。光に包まれ、身につけていた制服は華やかな効果音と共にドレスへと姿を変える。


「しかし、なぜフラワーを……まさかっ!」


 そういえば、昨日だって俺にトドメを刺そうという時にハナニラを召喚していた。まさか、自分の手を汚さずに俺を殺したいって事か。もしかすると、佐藤亜月の善意の心が俺を守ってくれているのかもしれない。別人格とか言っていたし。あいつも佐藤亜月を守りたいみたいなことを言っていた。

 なるほど、俺を殺したくても佐藤亜月の強い意志でそれは阻止される。そういうことか。なら俺にもチャンスはあるだろう。佐藤亜月を信じて、ガトーショコラを倒す……。

いや、待てよ。そもそも俺、トランス出来ないじゃんッ!

 ダメだ、万事休すだ。どうする、ここはやむを得ないと割り切って制服を売り払うか? 仮にお金にできたとして、どれくらいもつだろう。オリオンパワーの三連星は、8時間置きに一つチャージされる。三つ全てが回復するのに24時間かかるわけだ。

 一応、昨日オリオンのパワーを使ってから既に8時間は経過しているはずだから、一発分は残っている。しかし、今回の相手はガトーショコラ一人に加え、フラワーが二体。明らかにオリオンパワー不足だ。前回のハナニラのように、偶然オリオンパワーを消費せずに倒せる可能性はある。だが、今回怪人フラワーは二人だ。それにガトーショコラの妨害も入ると考えると……なかなか難しいぞ。


「ハメやがったな……ガトーショコラ!」


 変身を終了させる彼女を睨みつけながら拳を握る俺に、ガトーショコラはそっと笑ってみせた。


「誠実な賢者、トパーズショコラ! ここに見参♡」


 黄色を基調としたドレスに、無数のクリスタルが散りばめられている。無色透明なもの、黄色いもの、黄土色のもの、青やピンクや紫やシナモン色。それらの鉱石が全て、薄ぼんやりと光っている。怪しい実験室で作られた何らかの薬品のように、ほんのりと発光しているのだ。


「マママママママママのなまままままえは……ママの名前はサフラワーッ!」

「ボボボボクのななななまえは……ボクの名前はベニバナッ!」


 怪人フラワーも名乗りを上げる。


「やむを得ないッ!」


 俺はポケットの中の携帯端末に触れた。


「戦ってやるッ!」

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