第44話、それは途中だからーで。

「不審者は無視しなさい。ママはお化粧の途中だからー!」


 少年の母親はまるで壊れたラジオみたいに同じ事を繰り返す。ここまで来るともはや狂気だ。


「お化粧の途中だからー!!! 不審者なんか怖くないでしょー! ママはお化粧の途中だからー!」


 しかし、少年はどうも母親の言葉を理解した様子で、目を輝かせて仕切りに頷いた。


「うん! 怖くないよ! 不審者なんか怖くない。僕お化粧の途中だからー、途中だからー、途中だからー、途中だからー、途中だからー、途中だからー!」


 少年は、道端に咲いていたプラチナの花弁を俺に向けて投げながら笑う。


「すごく綺麗! 見てみてママ!! キラキラー!」


 俺に向かって投げんなよ。だが、少年に悪びれる様子はない。貴金属で出来た、重々しい花弁をむしり取っては、えいやと投げつけて笑う。


「キラキラだよ! 不審者もキラキラ! 見て! ママー!」


「ママはお化粧の途中だからー!」


「たからだからー♡」


 突然ガトーショコラが同調する。いや、お前それ確か飲料水の商品名。今全く関係ない。


「お化粧の途中だからー!」


 少年がムキになって花弁を千切る。


「パカラパカラー♡」


 ガトーショコラは馬のモノマネ……ってお前ガキと張り合ってて恥ずかしくないの? しかも張り合う内容くっそどうでも良くね???


「パカラパカラじゃないもん! キラキラするためにお化粧するの!」


 また花弁を投げつけて憤慨する少年に、ガトーショコラは畳み掛ける。


「タケシ、パパの方がキラキラしてるでしょ♡ ほら、見てよこの白髪頭!」


 ガトーショコラ、お前は黙ってろ。しかし、少年は流されやすかった。突然俺の頭を指さして驚く。


「ママ! キラキラだよ! 頭キラキラ!ピッカピカ!」


「おいガキ、まるで禿げてるみたいな言い方辞めろ」


「そうよタケシ、ダーリンの頭は世界一ピカピカなの♡」


「殺すぞガトーショコラ」


「いやん♡」


 なにが「いやん♡」だ、気色悪い。しかし、そんなガトーショコラと俺の前で、少年は指を震わせて叫ぶ。


「ママァァァァアアアアアアアアァアアアアアアッ! 見てぇぇえええぇえええええ! お外キラキラなのぉぉぉおおおおッ!」


「うるせぇ!!!!」


 俺が必死に耳を塞ぐも、母親は息子に同調して家の中から叫び出す。


「ママはお化粧の途中だからぁぁぁあああああああああああ!」


「てめえもやかましいわ!」


 流石にキレそう。そんな中、少年はガトーショコラの空間内を走り回って叫ぶ。


「お外! お外キラキラなの!」


「母親は家の中で笑う。」


「今日は晴れって天気予報でも言ってたもんねー。ママはもう少しでお化粧終わるからもう少しお外で待っててね! ママ、お化粧の途中だからー!」


「ママ! 見てみてキラキラー! キラキラだからー!」


 いや、お母さん、あなた一瞬外見たよね。ガトーショコラの作り出した歪な空間見たよね、めっちゃ暗かったでしょ。なんとも思わないんかい! その神経どうにかなってんじゃねぇのか?

 正直、ここまで来ると引いてしまう。しかし少年は止まらない。


「ママー! 拾った!」


 少年は犬のフンに似た形に固まった金塊を両手で抱えていた。俺は慌ててガトーショコラを見る。彼女の表情は、どこかしらほくそ笑んでいるように見えた。


「ママー! キラキラ! キラキラなの! これでこれでこれで! お化粧の途中だからーぁ!」


 まるでミュージカルみたいに歌い上げながら、少年は駆け出す。そのまま、まるで嵐のように家の中へ駆け込んで行った。と同時に、ガトーショコラは指を鳴らす。

 その澄んだ音が響いたかと思えば、少年の興奮した声も家の中を駆け回る音も途絶える。突如、静寂が訪れた。


 しばらく経っても、何も聞こえない。閉ざされた戸の奥からは、何も聞こえない。


「お前、あの子に何をした」


 慌ててガトーショコラを睨みつけると、彼女は悪びれる様子を一切見せずにハッキリと言い切る。


「あの家族をアタシの結界から追い出しただけよ♡」


 だが、彼女の表情には悪意に充ちた笑みがある。その意図を、俺は瞬時に理解出来た。この結界内にある物体は、ガトーショコラが創り出したレプリカだ。彼女が許可していない全ての物体は、貴金属として再現される。現実世界とのリンクはまず有り得ない。だが、それも全て彼女の匙加減だとしたら。仮にそうだとすれば……。


「って事は、あの子が持っていた金塊は」


 ガトーショコラを睨みつける俺に対し、彼女は一切悪びれる様子もなく言い放った。


「今頃うんこになってるんじゃない?」


 コイツ、鬼だ。




 その直後だった、家の中から声が聞こえた。


「化粧の……途中だからーぁあぁああ」


「だからラアラァアラ……ッ」


 母親と、息子の声だ。何が起きているのか分からず、慌ててガトーショコラを見詰める俺に、彼女はそっと微笑んだ。


「ダーリンに話があるの」

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