第47話、それは熱風で。
最初は何が起きているのか理解出来なかった。俺の中にあった起こりうる未来と、今目の前で発生している現実とのギャップが凄まじいのだ。
「ボボボボボボボクボクボクガガゴガゴゴガガガガガ」
ベニバナは、必死に喉元を掻きむしっている。もがき苦しむその様子を見ながら、ガトーショコラは恍惚の笑みで俺を見つめる。
「あはは♡ ダーリンったらそんなに驚かないで♡ これはアタシからダーリンに注ぐ愛のメッセージなの♡」
「ママママママがッママァァアアアアアッ! お化粧の続きだからららららららららぁぁあ!!!! たた助けるののののののの」
サフラワーが狂ったように口紅を振り回すと、片手サイズだった化粧品がグングンと肥大化し、丸太くらいの大きさに変化する。
「息子息子息子をはなはなはなしなさささささい!」
サフラワーは暴走気味だ。必死こいて向かってくる。黄色の細かい花びらを揺らし、その中央に生えた口を大きく開いて真っ赤な唾液を滴らせた。口の中央には黄色く輝く眼光が覗き、独特な暖色の粘膜が嫌な音を立てて蠢く。
「ママママママがッママが助けるるるるるるるるッ!」
まるで
その液が触れた壁や大地や装飾品は、どれも一瞬の内に紅く染まり、蠢き、歪な姿へと変貌を遂げる。
壁はチキン質に似た胸板、地面はナメクジを溶かしたみたいなドロドロのケロイド状。ビスマス鉱石で作られた花弁や、貴金属で彩られた雑草は、どれもこれも蠢く灰色の
「まままままままッ」
喉を掻きむしりながら宙を舞うベニバナも、いつの間にやら肥大化したマスカラを片手に必死に振り回していた。そのマスカラの毛は、彼らの花弁と同様に黄色の細かいもので、また彼らの飛ばす粘液同様紅い液体をぶちまけていた。
マスカラから飛び散った液体を受けた物質は、どれもこれも同様に崩れていく。まるで最初からそこにはなかったかのように、崩れ、薄れ、ただの白黒の灰になる。
「お、おぞましいな……」
近づかなくてよかったと心の底から思えてくる。
「ダーリンに特別に教えてあげる♡」
ガトーショコラはステッキを振り新たな熱風を巻き起こしながら笑った。
「
ガトーショコラは、俺に話したいことがあると、確かにそう言った。
「まさか話したいことって
「あはは♡ 違うよ。でも、
『シャッターを押してください』
そう言えばアプリを起動したままだった。
「ママァァアアアアアッたすけたすけたすけてぇぇぇええええッ」
「もう、プラス発言しなさいよ……熱風ッ!」
ガトーショコラの三度目の熱風が、俺の髪先を軽く触ってゆく。目には見えない熱い風。それはどうやら、人の手の形をしているらしい。ガトーショコラのステッキから溢れ出た三本の風の内、一つはベニバナの喉を。もう一つはサフラワーの足を掴み、焦げを焼き付けながら話さない。
そして新しく生まれた熱風は真っ直ぐにベニバナの顔面を握る。
「ギャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ベニバナの絶叫は真っ赤な液体を周囲に撒き散らす。それに触れた物質は、この世に存在していたことを忘れたみたいに灰になる。それでもまだまだベニバナは叫び続ける。まるで断末魔。花弁をチリチリと焦がし、植物細胞で生み出された肉体は必死になってのたうち回る。歪。それは正しく、歪な光景だった。
「なぜ……コイツらを生み出した奴が……コイツらを苦しめているんだ」
理解に苦しむ。しかし、そんな俺の『ドン引き』に気づいた様子はなく、ガトーショコラは自慢げに微笑んでみせた。
「アタシがダーリンの事を守ってあげる。一緒に居てあげる。いつまでも、ずぅーと、ね♡」
俺は、ヤバいやつに目をつけられたんじゃないだろうか。同じことを、
「ママがッママがこの化け物ををををを『絶対倒す』からぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁああああああっ!」
「あはは♡ 今のはとっても良い……良いプラス発言よ♡」
ガトーショコラの黄土色だった瓶底メガネの色が、完全な無色透明に変化した。
「熱物質ッ!」
と同時に、サフラワーの足元に生えていた蛆虫が真っ赤に染って動き出した。一斉にサフラワーによじ登り始める。まるで、ガトーショコラの言うことを聞くみたいにして。
「焼き殺しなさい♡」
蛆虫が、熱を発した。自らを焼き殺す程の、強い熱を。
遠く離れている俺にすらハッキリとわかる、灼熱を。
それを見ながら、ガトーショコラはまだ笑う。
「これで終わりじゃないわ♡ ほら、もっとプラス発言しなさい♡ あー、でも無色か……もうマイナス発言でもいいわよ♡」
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