第35話、それはブレックファーストで。
この家の作りはなかなか面白く、田舎で貧乏暮らしを強いられていた実家とはかなり違った造りをしていた。こんな家に女の子一人で住むだなんて、佐藤亜月の親もよく許したものだ。
一階には共同で使う部屋が用意されており、3~4人が立っても十分な広さが確保できるキッチン。まるで温泉かと勘違いしてしまう程の浴槽付きバスルームが二つ。リビングルームも一階に二つもあると、大豪邸の極みだ。佐藤亜月曰く、食事用と交流用の二つらしく、確かに一方には大きなテーブルと椅子が並べられている。そしてもう一方は大型液晶テレビにソファーやクッション、ぬいぐるみなんかが敷き詰められていた。
あまりの広さに驚きを隠せないではいたが、それよりも、たった一人でこの広い家を持つとなった時の孤独を想像すると胸が痛んだ。食事をするにもテレビを見るにもお風呂に入るにしても、この広い中たった一人。彼女がルームシェアを始めた理由も納得がいった。
また、二階は全て寝室となっていた。部屋は全部で八つあり、それぞれ扉の雰囲気から内部に至るまで全て異なるデザインを施してあるらしい。
佐藤亜月の部屋は白をベースに作られているようで、白いドアの中にはいくつかのオシャレに必要なものが入っているらしい。見せて欲しいなとお願いしてみたのだが、顔を真っ赤にして「絶対ダメです、乙女の秘密です!」と言うもんだから諦めることにした。今思えば、年頃の女の子の部屋に上がり込もうとしていた俺、かなりヤバい奴では?
また、俺の部屋は彼女の隣に決めた。別に彼女の近くで寝たいからとか、そういう不純な理由ではない。扉を見た瞬間に何となくしっかり来たのだ。
ドアのデザインは漆黒。深い黒で配色された木製のドアの中には、シンプルな黒いベッドと引き出しのついた机、それだけだった。シンプルな作りではあったが、むしろそれが気に入った。いや、やっぱ佐藤亜月の隣で寝られる状況が気に入ったのかもしれない。と言うより、できる限り彼女に孤独を味わって欲しくなかったのだ。それと、あわよくば部屋が覗けるかもと……うん、ダメな奴だ。
「いやー、ぺーちゃんですね!」
自らが唐突に放った言葉によって、逆に自らを追い込んでしまった。ぺーちゃんとは? 俺にも分からん。
「そ、そうですね! ははは……あ、はいどうぞ、始業式までまだ時間はあるので、ゆっくりしても大丈夫ですよ」
エプロン姿のまま、適当に愛想笑いを浮かべた佐藤亜月は、両手にプレートを一枚ずつ乗せてリビングに入る。そのまま、俺のテーブルの上に一枚のプレートを乗せてから微笑み、俺の向かいに座った。皿の上には三枚のホットケーキが乗っており、焼いたバナナとヨーグルトが添えてある。
「蜂蜜とメイプルシロップはどちらが好きですか?」
彼女は自分の皿の上に、花柄の陶器から琥珀色の液体を零しながら俺に訊ねた。しかし、俺はなんと返事をしたらいいのか分からなかった。というか、何だこの状況は? 映画のワンシーンか? 映画なんて見た事ないけど。朝食とは思えない優雅さだ。
ちょっと待ってね、うん、一旦整理しよう。これなに、朝ごはんだよね。俺の家朝ごはんといえばガチガチに乾燥した米を水につけてふやかした物なんだけど。もしくは前日の残り物。
え、なんで朝からこんなに甘い香り嗅いでるの? ってか、なんでバナナ焼いてるの? バナナはおやつに入るんだよ? 焼いたらダメじゃね? ってか、なんでヨーグルト? ヨーグルトって贅沢品じゃないの? ヨーグルトマジで買ってる人初めて見たんだけど、えっ、これいくらするの? 俺モヤシと乾燥した米茹でて塩で味付けしたやつしか知らないんだけど、何これ。え、なにこれ。
「えっと、亜月さん」
「なんですか?」
ぐっはぁ! 笑顔が眩しいッ! なんでそんなに平然と紅茶をティーカップに継いでるんだよ! ってか家にティーカップなんてあるもんなの? 職員室でしか見たことないよっ!
「お、おすすめで」
ダメだ、俺の手には負えない。俺の全く知らない世界だ。ここは、この家は日本じゃない。あ、そうか。やっぱり俺はガトーショコラの魔法で死んだのか。これは異世界か夢の中だ〜。
「えー、オススメですか? んー、なら、松本さんはメイプルシロップにしましょ! 私は蜂蜜なので、一枚交換して食べません?」
俺の困惑など梅雨知らず、彼女は嬉しそうに楓のマークが施された陶器を取り出した。中には褐色の液体が満たされている。そして、蜂蜜のかかったホットケーキを一枚、俺の皿に置いた。
「半分こ、ですね」
ブッフォ……鼻血でちゃいますよォ。めちゃくちゃ可愛い。なんでそんなに可愛い笑顔なのっ。
「是非それで!」
断る理由が見つかりません。
俺の返事を聞いた彼女は、嬉しそうに頷きながら俺の皿にメイプルシロップを掛け、一枚だけホットケーキを持っていった。半分こだ。正確には半分じゃないのだが。
それからティーカップに注ぎ終わった紅茶を俺の前に起き、手を合わせる。
「いただきましょ?」
「あっ、はい。いただきます」
「うふふ、いただきます」
彼女は嬉しそうに、傍から見てもわかるほど、心の底から嬉しそうにフォークを手に取った。
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