第12話、それはガトーショコラで。

「うっ、うっ、うわーーーーーん」


「えっ、えっ?」


 ど、どうしよう、女の子泣かしちゃった。えっ、俺が泣かしちゃったの? えっ、どどどどどうしよう。えっえっ。ここはとりあえず、な、なんて言ったらいいんだ。


「ひ、ひどいよォ……ぐずっ」


「えっ、ちょっ、な、なんで泣いてるの?」


 理解が追いつかない俺を他所に、彼女は嗚咽を漏らす。先程までの佐藤亜月が持っていた清楚は何処へ消えたのだ。こいつあんなに綺麗で可愛い女の子の体をとことん汚す気かよ。と、睨みつけるとまた大声で泣きわめいた。


「びぇぇぇぁぁぁぁ! にーらーまーれーたー! ひーーーどーーーいーーーー!」


「ど、どうしよって言うんだよ!」


 ってかマジでなんで泣いてるの? さっきまでめっちゃ殺意放ってたじゃん。あの強大なパワー秘めてますよアピールどこいったの。


「あの、あのさ。もう泣くの辞めない?」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぶぶぶぶ」


 鼻水飛ばしながら泣くなよ汚ぇな! いや、マジなんでこんなに泣いてるの? 俺まだ何もしてないんだけど。えっ、なんで?


「ちょ、もうほら、泣き止んで。近所迷惑でしょ」


 しかも俺は俺でなんで聞き分けのない子供あやすみたいにしてんの。


「アタシ……うっ……アタシ変態じゃないもん……うぅ」


「そこかーっ!」


「変態じゃないもぉぉぉぉぉぉん! ダーリンの意地悪ぅぅぅぅぅ!」


 泣きじゃくる彼女の肩にそっと手を乗せて、とりあえず謝罪を述べる。


「いや、ごめん。あの……。あれただの決め台詞で、ほら、基本皆あの体勢に入ったら『変身』って叫ぶじゃん? それってなんか凄く在り来りでかっこ悪いなーって思ったんだよね。んで考えたら、そもそも姿が変わるって意味なら『変態』の方が生物学的に合ってるよな〜って思ったんだよ。だから、俺はトランスする時基本的に『変態』って叫んでるだけで、別に君のことを『変態』呼ばわりしたわけじゃないよ。いや、分かりにくかった事は謝るけど、俺は別に『変態』に悪い意味があるとは思ってなかったし、そもそも君に向けて言った台詞じゃなくて……ってなんで俺がお前の機嫌とらなきゃいけねぇんだよ」


「びぇーん!」


 そりゃそれだけ泣けば鼻炎にもなるわ。というか必死に弁解するのが馬鹿らしい。なんで俺はこんな奴のために謝っているんだ。


「そんなことより、お前は何者だ」


「うっ……ぐずっ……やっと、やっと会えたのに酷いよ……ダーリン♡」


 泣きながらも語尾にハートを付けてくるあたりプロだな。どこで鍛えたんだ。というか……。


「誰がダーリンだ。なんのつもりだ貴様……。俺はお前に対して何者だと聞いている。答える気がないなら星にするぞ」


 右手をベルト中央に乗せ、いつでもオリオンパンチが放てるよう準備を整える。


「さぁ答えろ。貴様は何者だ」


「……ふぅ、ちょっと待って、鼻噛むから」


「あっ、はい」


 彼女はそう言うと、指をパチンと鳴らした。そのまま手を広げると、1枚のティッシュが。


「いや、普通に取れよ目の前にあるじゃん」


「ちーーーーーーん!」


 鼻のかみ方が古い。


「それで、お前は何者だ。佐藤亜月では無いな。佐藤亜月をどこへやった」


「あはは♡ 半分正解。半分不正解だよ、ダーリン♡ 確かにアタシは亜月ちゃんじゃないけど、でも半分は亜月ちゃんなんだよ。分かるかな〜? ダーリンには少し難しいかな?」


「鼻水垂れてるぞ」


「は、はわわっ!」


 死んだ魚の目をしてても照れる時は照れるらしい。その行動の所々が佐藤亜月にも似ていて、どうもやりにくい。それに、今コイツが言った意味がわからない。半分は佐藤亜月だと? どういう意味だ。体は佐藤亜月の物だから攻撃したらダメだよとでも言いたいのだろうか。

 待てよ、もしそうだとしたらどうしよう。俺が彼女を倒したとして、もし奴が憑依型の宇宙塵エイリアン怪人フラワーなら、死ぬのは佐藤亜月だけ。つまり本体を探す必要があるという訳だ。


「貴様は何者だ。分かりやすく答えろ」


「コホン、アタシの名前はガトーショコラ」


「ふざけてんのか?」


「いたって本気よ! 失礼ね」


 ガトーショコラだと? それってケーキ屋さんとかに置いてる黒いお菓子の事だろう。食べたことないからどんな味かはわからないが、誰が何を好き好んでそんな名前にしたんだ。


「佐藤亜月が名付けてくれたの。亜月ちゃんの大好物、それが私の名前」


「貴様、まさか俺の心が読めるのか?」


「へ?」


 どうやら偶然らしい。いや、待てよ。佐藤亜月が名付け親だと。という事は佐藤亜月とガトーショコラは面識があるのだろうか。


「まぁ、亜月ちゃんは私の事知らないんだけどね」


「お前やっぱり俺の心読んでるだろ」


「ふぇ?」


 どうやら偶然らしい。だが、ますます分からない。こいつは佐藤亜月を知っているが佐藤亜月はガトーショコラを知らない。ガトーショコラは佐藤亜月の体を乗っ取っているのか、それとも佐藤亜月のフリをしていただけなのか。


「それよりダーリン、アタシのこと……ううん、亜月ちゃんのこと、覚えてるよね?♡」


 何の話だ。俺が必死にアタックやナンパを繰り返したことか。だとしたら覚えてないな。忘れたい出来事だ。マドモアゼルなんて呼んだ過去など忘れてしまって思い出したくても……うーん、ダメだ。思い出せそうにないな。


「十年前のことよ」


 そっちか。


「いや、生憎だが覚えていない」


「そうよね、知ってたわ……少し残念、でも……安心♡ 覚えていないならダーリン、今すぐ死んで♡ 思い出す前に……ねっ!」


 先程までの気の抜けた表情とはうって変わり、急にガトーショコラの雰囲気は急変した。全身から邪悪なオーラを放ち、どこからともなく宝石で装飾されたステッキを取り出す。そのままくるくると振り回し口を開いた。確実に俺の息の根を止めるために。

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