第6話、それは運命の出会いで。

『オリオンマッスル・エクスパッション』


 聞き慣れたベルトの声、弾け飛ぶ三ツ星の一つ、燃え盛る右腕。その光景を、ハーデンベルギアがただなす術もなく眺めていた。惨めだな。これが俺の拳だ。二度目も美味しくいただけ。


『セカンド・トランスパンチ』


 今度は生き残りを決して作らせない。そう決め込み、殴ると同時に茎の束を掴んだ。先程は殴り飛ばしてしまったから生き残ってしまったのだろう。それならば、俺の右手の中でじっくり焼き殺してやる。


「まさか、こんな所でやられるなんて……こんな……所…………でッ」


「何か不服そうだな、ハーデンベルギア。いいぜ、流れ星になる前に、一言聞いてやる。言い残したことはあるか?」


「貴様は……今ここで俺様を倒したことを後悔する……今ここでッ」


「は? どういう意味だ?」


 燃え盛る炎の中、ハーデンベルギアは崩れゆく花の顔を歪ませて笑った。


「いずれ分かるさ……いずれ。鉱山の街に、行こう……ざ」


「言わせねぇよ!」


 火力を一気に上げて完全に焼ききり、俺は溜息をつく。


「いやー、まさかここまでしぶとく生き残るとは予想外だな。俺の村に来ていた宇宙塵エイリアンじゃ出来ない技だな」


 少し敵を舐めていたと反省しながら腰に手を当てる。同時に全身の力が抜け、変態が解除された。


「さて、大丈夫ですか?」


 それから俺は、飛びっきりの笑顔を浮かべたまま、金ズル……じゃなくて、ハーデンベルギアに捕まっていた人に手を差し伸べる。もちろん目的はただ一つ、金を得ることだ。


「はい、た、助けて頂いてありがとうございます……」


「いえいえ、ヒーローとして当然です。あの、ところで……大変申し上げにくいのですが、3000円を……ッ!?」


 金をいただく気満々で笑顔を振りまく俺の手を、襲われていた女性がそっと握りしめた。その瞬間俺の思考回路は完全に停止する。完全に機能停止だ。俺の手を握りしめ、震えたままこちらを向いた女性、その子が……あまりにも…………。


 か、可愛い。いや、綺麗だ、美人だ、美しい、これを妖艶というのか? 幼過ぎず年老いてもいない。年齢にして俺と同じくらいかそれより少し若いくらいだろうか。可愛いでもなく美人でもなく、だが大人びた雰囲気と、恐怖から解放された安堵を浮かべるその表情は、完全に俺のハートを掴んでしまったらしい。

 俺の足りないボキャブラリーを必死にフル回転させたが、彼女を形容するにふさわしい単語は見つからない。それほど美しいのだ。それでいてどこか懐かしい。以前どこかで会ったような……。


「あの、私の顔に何かついてますか?」


「えぇと、いや、その……」


 やばい、言葉が出てこない。こういう時なんて言ったらいいんだっけか。


「……あれ? もしかして」


「いや、えっと、その、あの」


 口ごもって何も言えない俺に、優しげな笑顔を向ける。そこで出会った彼女こそが、ルームシェアを企画してくれたオーナーだった。

 彼女は口篭る俺からは何も聞こうとせずに、塵となった一輪のハーデンベルギアを拾い、優しく微笑む。美しい。ヤバい、ここはとりあえず何か言わなくては、き、決め台詞とかか?


「あの、助けてくれてありがとうございます。たしか、松も……」


「お、俺の名前は鬼龍院刹那。美しい君をま、ま、守るものさ」


 緊張しすぎだ。ほら見ろ、彼女驚いちゃったじゃないか。びっくりして目ん玉丸くして可愛いな畜生! ここは何か話題を出して誤魔化さないと、あ、そうだ。


「け、怪我は無いかな? マドモアゼル」


 俺は何人だ! どこの国出身だ! 紳士的に何かしようとした、ああ、そこまでは良いだろう。だが、なんだマドモアゼルって。今日日聞かねぇよ、くっそ恥ずかしいじゃないか、ほら、彼女だって引いて……笑ってる?


「うふふ、ありがとうございます、鬼龍院刹那さん。お陰様で怪我はありません。それに、気まで使って頂いて」


 彼女はどこか嬉しそうに俺の手を握り、フラフラと立ち上がった。俺の手を。そう、俺の手を握りながら。やっべぇ。めっちゃ可愛い女の子に手握られちゃったよ、いや、いかん。冷静になれ松本ヒロシ。俺は今イケメンヒーロー鬼龍院刹那なんだからな。


「ふっ、わ、吾輩が来たからにはっ、あ、安全安心大安売りででであるぞ。ガハハ。な、なぁに、気などっフンッ、使っていないないないないさ。ははは、ふっはは、んっ。あ、う、う、美しいマドモアゼルのたたた、ためにぃっ、て、手を差し伸べるのはぁぁん紳士として当ッ然」


 だだだだだから俺は何処のどいつだよ! 声色まで変えるな! 一人称も変えるな! しかも噛むなッ! 慣れないことしようとするな! やっべぇめっちゃ恥ずかしいッ! けど……。


「あはは、鬼龍院さんってとっても面白いですね」


 先程まで恐怖していた彼女が、こんなにも嬉しそうに笑ってくれている。それだけでも幸せかもしれない。それだけでも、彼女を助けたかいがあったかもしれない。


 俺は今まで恋というものをした事が無かった。だから、恋というのはどのような感情なのか分からない。しかし、彼女に対して抱くこの高揚感、守ってあげたくなる強い意志、彼女を見ててどことなく嬉しくなるこの感情こそ、恋なのではないかと思う。


 春、それは出会いの季節。どうやら俺は恋をしてしまったらしい。高校一年生になろうとしている俺は、慣れない都会に引っ越してきて、そこで助けた少女に恋をした。一目惚れと言うやつなのだろう。

 それに気づいた瞬間、俺の胸の中を桜が舞ったような気がした。


 ハーデンベルギア、その花言葉は、『壮麗』『広き心』『思いやり』『過去の愛』『奇跡的な再会』『運命的な出逢い』そして、『幸せが舞い込む』。

 幸せが始まる、予感がした。

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