第4話、それは3000円の請求で。

 オッサンのキョトンとした表情を見つめ返しながら、俺は再び続ける。なんですぐ理解出来ないかな。理解力の無い大人は嫌いだ。こういう時こそ即断即決が望ましいのに。


「3000円。善意でヒーローやってねぇから。ほら、3000円」


 無言の圧力、金を払えの表情。田舎ではあまりこういうことはしなかった。誰かを助ければお礼にと食事をご馳走してくれたり、お駄賃を握らせてくれたものだ。ところがどっこい、なんだK市の金を持ってそうなサラリーマンは。3000円が何なのかも分からないのか。


「そ、そんな。君あれでしょ? ここから3時間くらい離れたド田舎の有名なヒーローでしょ? 正義の味方の」


 正直何を言っているのか分からない。少なくとも一つハッキリしたのは、俺がド田舎出身ということがバレているという事だ。


「それ今関係あるのか? ってか何で俺の出身地知ってんだ?」


「だってほら、あのポスター」


 サラリーマンが恐る恐る指さした駅の壁には、デカデカとトランス状態の俺が貼られていた。どうやら田舎の宣伝用ポスターらしい。そう言えば昔村おこしのために写真が欲しいと言われていたな。どれどれ……キャッチコピーはっと……。


「ふむふむ、『暮らしイキイキ、大人スクスク、鉱山の街に、行こうざん』……ってダサすぎだろ!」


「ひぇぇ、禿げるから頭擦らないでぇ!」


「もう禿げてんだろ! ってかなんだよ暮らしイキイキって、老人ホームかよ。大人スクスクってなんだよ大人スクスクって。スクスク育つべきは子供だろォ!」


 オッサンはただただヒィヒィと息を切らしながら逃げて行く。しかし俺のツッコミはこんなもんじゃ収まらない。


「鉱山の街に、行こうざんってッ!!! しょうもないオヤジギャグをキャッチコピーに入れんじゃねぇよッ! ってかこの写真撮った時の俺、俺両手に何持ってんだよッ!」


「ゴミ袋と空き缶ですよォ」


「んな事ァ分かってんだよハゲジジィ! そうじゃなくて、このキャッチコピーにこの写真、明らかに俺、ヒーローじゃなくてボランティアのオッサンじゃねぇか!」


「そんな事言われても……ま、まぁ。君の事はK市でも有名だよ。まさか素顔がこんなに若い青年とは誰も思っていないだろうけどね。トランスオリオンは、ごみ拾いを中心に活動するボランティア家だと言う話だ」


 どうしたらいいものか戸惑った様子で、オッサンは自らの頭にカツラを装備し直した。いや、オッサンのカツラはどうでもいい。俺がボランティアだと?


「君はとても優しい子なんだね。今日もほら、困っていた私を助けてくれた。ありがとうね。じゃ、私はここで」


「ちょっと待てよ、ヒーローは慈善活動じゃねぇの。人助ける為に俺も食わなきゃなんねぇの。それに俺、今までボランティアとかしたことないから。この写真の時はゴミ拾いしたら夕飯をご馳走するって聞いたからやってたんだよ。分かる? ヒーローが無償でなんでもやってくれるわけじゃないの。ほら、分かったら3000円。それにお前正義の塊じゃないじゃん。仮に俺が正義の味方でもお前の味方ではないぞ」


 オタク特有の早口というのを人生で初めて披露してしまった。さらに、オッサンに言うべきではないと思い黙ってはいたが、変態をする際に金がかかってしまうのだ。俺のトランス能力は、星座の力を借りるというものなのだが、その手数料として一秒ごとに口座から預金が引かれる仕組みになっている。人助けをする度に金が無くなるのだから、その都度請求しなければ俺は破産してしまうのだ。というか、一度破産したことがある。

 一方、かなり饒舌になった俺を見て、オッサンも諦めが着いたのだろう、どこか苦笑いを浮かべたまま口を開いた。


「君……わ、分かったよ、でも、どうして3000円なんだい?」


 オッサンは渋々と言った様子で財布から3000円を抜いてから首を傾げる。そんなこと今はどうでもいいだろうと苛立つ俺の前で、彼はピラピラと札を風になびかせた。


「言ってくれなきゃ困るなぁ、これ、私の今日のお小遣いなんだよ」


「ぐぬぬ……実は」


「実は?」


 言いたくない、しかし、無理に取ろうとすると3000円をサッと隠してにんまり顔だ。まるで猫じゃらしを顔面に向けられた野良猫の気分である。


「き、昨日から金がなくて何も食ってねぇんだよ」


 赤面するのが分かる。熱くなった顔を隠すように俯いたと同時に、腹の虫がこれみよがしに鳴いた。そう、俺は超がつくほどの貧乏人だったのだ。


「……そ、そうか。申し訳ない事を聞いてしまったね、これで何か美味しいものでも食べなさい」


 先程まで不信感と小馬鹿にした表情が半々だったオッサンも、今や哀れみの眼差しで俺を見つめてくる。哀れだ、惨めだ。何が鉱山の街に、行こうざんだ。


 俺は3000円を確かに受け取ると、踵を返してスーツケースを手に再び歩き出す。今度こそ引越しをするために。そして、美味しいものを食べて屈辱を忘れるために。

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