第3話、それは必殺技で。

 俺のぶっ殺す宣言を聞いてもなお、怪人フラワーはキョトンとした顔でオッサンの禿頭を撫で回していた。いや、なんで撫で回してんの? 今関係なくね? 気のせいか太陽の反射が強くなったように感じる。なんで磨いてんの?


「へっ、やれるもんならやってみなやれるもんなら。それと俺様の名前はハーデンベルギア様だそれと。以後そう呼ぶようにしな以後」


「うるせぇよ。怪人フラワーの名前なんぞ興味はないね」


「えぇ、酷いよ。名前で呼んでよ名前で。いじわる!」


「オッサンのカツラ捨てたお前が言うな」


 吐き捨てるようにそう呟くと、俺は腰に手を当てる。同時に体内のドーパミンが急激に分泌され、腰周りが熱を帯びる。それは瞬時に形となり、星座が象られたベルトとなった。その光景をハーデンベルギアは興味深げに見つめている。どうやらヒーローの存在を知らないらしい。それとも大都会のヒーローは変身トランスをしないのだろうか。


「覚悟しなハーデンベルギア。見せてやるよ、俺の力をよォ……」


「名前で呼んでくれるのか名前で。このツンデレさんめこのこの!」


 何故か一人で盛り上がっているハーデンベルギアのことは無視して、俺は両手を前に突きだし、同時に動かす。空中に巨大な星座を描くのだ。俺の手から星々の光が空間に煌めき、点は線で結ばれる。そして空中に描き出されたのはオリオン座。


「変……ッ態!!!」


 決めゼリフと同時にベルトの中央に着いたオリオン座のシンボルに触れる。次の瞬間、そこからアーマーが飛び出した。

 放出されたアーマーは俺が空中に描いたオリオン座に触れ、その紋様を刻む。俺の体型に合わせて姿を変え、軽快な音楽と共に俺の体に馴染んだ。最後にベルトが聞き慣れた声で叫ぶ。


『トランス・オリオン』


 小学一年生の頃から幾度となく繰り返しこの姿になってきたが、何度トランスしても自分のかっこよさに酔いしれそうだ。


「ば、ばばばば、バッキャローめバッキャロー。お、俺様はまだ何も変態ティックな事してねぇよ俺様は、まだ!」


 俺の掛け声である『変態』をどういう意図で捉えたのかは分からないが、気味の悪い花びらが赤面し慌てふためく様は、見るに堪えない。


「まだを強調するな。これからする気なのバレてるぞ」


「はっ、しまった!」


「しまったじゃねぇよ!」


 アホの相手をすると疲れるな。さて、決めゼリフから入るとしよう。記念すべきK市最初の怪人フラワーだからな。ここは格好よくキメておきたい。


「俺の名は鬼龍院刹那きりゅういん せつな。今からお前を、流れ星にする者だッ!」


 中学生の頃に作ったかっこいい偽名と、クールな決めゼリフを叫んでポーズを決める。完璧な動きだ。


「貴様、まさか仮面ライ、」


「それは日曜朝にやってる奴だ。これ二次創作とかじゃないからそういうのマジ辞めてくれ」


「あ、はい。貴様、噂のトランスか!!!」


 慌てた様子でオッサンを投げ捨てたハーデンベルギアだったが、もう遅い。変態した俺に勝てるはずがないのだ。トランスについてもう少し知っておくべきだったな。


「トランスパンチ!!!」


 俺はそう叫ぶと同時に走りだす。右手をオリオンのシンボルに乗せ、強く叩いた。同時にベルトから三つの輝く星が浮かぶ。


『オリオンマッスル・エクスパッション』


 ベルトの声に合わせて、三つの星のうち一つが弾け飛ぶ。その光は俺の右手に集まり熱を帯びた。これが俺の持つ最強の技だ。喰らえ。そして星となれ。

 膨張した筋肉、右手に帯びる熱、それらを全力でハーデンベルギアに叩き込んだ。


『ファースト・トランスパンチ』


 我ながらかっこよく決まった。トランス・オリオンの能力により俺の筋力は急激に上昇する。腰のベルトに輝いた三つの星は、その回数だけトランスパンチを放つ事が出来る証だ。一日に三発まで。正直少ない気もするが、一日に何発も打つということがそもそも珍しいので問題は無い。

 この技は俺の全筋肉全細胞の持つATPを質量に変換し爆発的火力を生み出すとか何とか親父が言ってたけど。よく分からないがとりあえずこの技を食らった奴は死ぬ!


「死ね、ハーデンベルギア。そして星となって詫びろ。人の毛根を馬鹿にした事を、ハゲハゲ言ってオッサンを傷つけた事をな!」


「ぐぁぁぁぁ、俺様は一言もハゲなんて言っていないぞ、一言もぉぉぉぉッ!」


 摩擦熱のせいか、それともそういう技だからかは分からないが、瞬間的に放たれた拳は炎を纏い、植物細胞で構成された怪人フラワーであるハーデンベルギアを焼き尽くした。

 奴はこの技を避ける術も無く、ただ金切り声を残して灰となる。最後に何か叫んでいたような気もするが、ちゃんと聞きそびれてしまった。まぁ、俺には関係の無い話だろう。


「さてと、こんなもんか」


 再び腰に手を当て、変態トランスを解除してからオッサンの元へ駆け寄る。怪我をしていないか等の確認のためだ。


「オッサン無事か?」


「は、はい。なんとか」


 どうやら無傷らしい。いや、無傷を通り越して頭の輝きがより美しくなっているように感じる。さてと、人助けが完了したということは、次にやることは一つしかない。


「お、おぉ。若き青年……この御恩は一生」


 彼は物言いたげに俺を見る。なんだ、感謝の言葉か? 感謝するくらいなら、そう思いながら俺は手を差し伸べた。


「3000円」


 その時のポカンとしたオッサンの表情は、あまりにも見物だった。

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