第927話 終りの時‐2!

 暫くして、ルーカスとアスランが冷静さを取り戻したのか、自分の気持ちを押し殺したのか分からないが、俺にもユキノの側に来るように言ってくれた。

 しかし、イースやヤヨイはユキノの手を握ったまま、今も泣いている。


「王妃たちが落ち着いてからでいい」

「そうか……お主が一番辛いだろうに、すまないな」

「いいや、俺よりもユキノとは長い時間、一緒にいたのだから、そんな簡単に割り切れるものでは……ないだろう」


 母親と娘。

 姉と妹。

 女性同士の絆の強さは、異性である男性では分からないものがある。

 

 ルーカスやアスランも、ユキノとの別れの時間を惜しむかのようにユキノの側に戻った。

 イースやヤヨイも落ち着きを取り戻したが、ユキノの側を離れるのに躊躇していた。

 少しでも長い時間、一緒にいたい気持ちが良く分かる。


「タクトよ。悪かったの」

「いいや、もういいのか?」

「とりあえずは……の」


 ルーカスが振り返ると、憔悴しきったイースとヤヨイが俺に頭を下げていた。

 

「国王たちには悪いが……少しの間だけ、ユキノと二人っきりにしてくれないか?」

「そうだな……」


 俺の気持ちを察してくれたのか、ルーカスはイースたちの顔を見てから黙って、部屋を出て行ってくれた。


「御主人様。私たちも」

「悪いな、シロ。今まで、ありがとうな」

「いえ、そんな――」

「クロも、いろいろとありがとうな」

「主……」

「二人が俺の仲間で、本当に良かったと思う。本当に感謝している」


 俺はシロとクロに感謝を述べた後、頭を下げた。


「御主人様、頭を上げて下さい。私たちの方こそ、とても感謝しています」

「シロの言う通りです。私たちこそ、主のおかげで、生きてきた中で、一番充実した時間を過ごすことが出来ました」


 俺はシロの手を握る。


「お元気でっていうのも変ですね」

「そうだな」

「後のことは任せて下さいね」

「悪いが頼むな」

「はい!」


 シロの目は、少し潤んでいた。

 続いてクロの手を握る。


「名残惜しいですね」

「まぁ、勇退ってやつだ」

「主らしいですね」

「そうか?」

「シロ同様に、後のことはお任せ下さい」

「いろいろと大変だと思うが頼むぞ」

「はい、お任せ下さい」


 クロが感慨深そうに、握っていた俺の手を強く握る。


 シロとクロは部屋を出ていくと、外で誰も入ってこないように、立ってくれている。

 俺が死んだと同時に、シロとクロの主従契約は解除となるので分かる。

 だからこそ、シロとクロとも最後の別れをした。


「ユキノ。俺もすぐに、そっちに行くからな」


 体温が残るユキノの頬を触りながら、ゆっくりと語る。

 生前にユキノとは、いろいろな話をして笑ったりした。

 楽しい思い出しかない。

 よく生まれかわっても、出会いたいというよなことをドラマで言っていたのを聞いたことがあった。

 今であれば、その心境が理解出来る。

 俺は生まれ変わっても、ユキノと出会いたいと本心から思えるからだ。


 不思議なことに、あと数分で自分が死ぬのだと分かっているが、恐怖心などもなく、穏やかな心境だった。

 俺が居なくなった後のことも出来る限り、手を尽くしたつもりだ。

 気になるのは、俺の次の使徒が、今の状況を破壊しないかだけだった。

 なにしろ、使徒を選ぶのは、あのポンコツ女神エリーヌだからだ。


 ユキノの魂は今頃、冥界に行っているだろう。

 俺が死んだら魂は冥界に行かずに、神の所に飛ばされる。

 それは事前に知っていたので、本当にユキノとはもう会えない。


 ユキノに言い残したことは無いし、ユキノも俺に言い残したことは無いと思っている。

 自分が思っている以上に、あっさりとしていることや、愛する女性が無くなったにもかかわらず、涙が出ないことに驚いている。

 決して、悲しく無いわけでは無いが、こうなることを選択した時に覚悟が出来ていたのだと思う。

 俺はユキノに掛けている布を綺麗にして、そのうえでユキノの両手を組ませる。

 最後まで奇麗な状態で、送り出したかったからだ。


 まさか、二度も死ぬなんて思っていなかったが、今回は満足のいく死に方だ。


 そして、おれはユキノの横で寿命を終えたのだった――。

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