第868話 ルグーレの現状―7!

 衛兵の処分は保留として、優先すべきは怪我人の治療だ。


「俺は冒険者のタクトだ。ここの怪我人の治療をさせてもらう」

「英雄タクト様でしたか。お断りする理由はありません」

「重傷者を教えてくれ。あと、怪我をしている治療士もいれば、教えてくれ」

「分かりました」


 ガッデルは自ら案内役をしてくれた。

 アスランに無礼を働いた衛兵は、他の衛兵に拘束されて連れていかれた。


 俺は【神の癒し】で怪我人を治していく。

 その後にユキノとマリーが食料などを手渡す。

 続けて、アスランが、怪我人に声を掛ける。

 ほんの数分で、この場にいた怪我人たちは元気な姿を取り戻した。


 シロとクロ、ピンクーの三人は人々に、衛兵に対しての聞き込みをしていた。


「ここの責任者として、感謝致します」


 ガッデルから礼を言われた。


「礼はいいが、本当に衛兵たちの態度に気付いていなかったのか?」

「それは……」


 ガッデルは、問題行動を起こす衛兵に何度も注意したが、人数不足ということもあり、統制が取れていなかったと詫びる。

 本当であれば、自分の権限で処分するべきだったと後悔を口にしていた。

 ガッデルの態度からも嘘は言っていないと感じた。

 ここの責任者であるガッデルも、それだけ追い詰められていたのだろう。

 俺はガッデルから、問題行動を起こした衛兵の名を聞き、後でシロたちの証言と合わせようと思う。


 アスランたちが全ての人に言葉をかけ終える。

 王子や王女から直接、声をかけてもらえたと喜びを口にする者が、ほとんどだった。

 元気を取り戻した人が、怪我人がいる他の場所を案内してくれることになった。

 しかし、お忍びのはずが、アスランやユキノが平民の服を着ながら、怪我人の治療や、食料の配布をしていることは、すぐに広まった。

 歩いての移動も、町の人に取り囲まれそうな勢いだったが、ガッデルが警備のために、数人の衛兵を付けてくれたので、近寄ろうとするものはいなかった。

 というよりも、アスランやユキノが自分たちから声をかけて、町の人との距離を縮めようとするので、衛兵たちは気が気でなかっただろう。

 もちろん、俺への信頼があるから、なにも起こらないとアスランやユキノは思っているからこそできる行動だ。


 それから、三か所ほど怪我人のいる場所を回った。

 すでに町は混乱状態になっていた。

 なにも知らない町の人は、アスランやユキノの側にいる俺を不審者だと思って、捕まえようとすることもあった。


 そして、最後の子供たちがいる場所に到着する。

 怪我が治り、子供との再会を希望していた人たちを優先した。

 子供の安否が心配なのだろう、我先にと子供の所へと駆け足で駆け寄る。

 親の顔を見て泣き出す子供に、子供が無事だと安心して抱きしめ涙を流す親。

 俺たちは、親子の時間を邪魔しないように、しばらく黙って見ていた――。


 治療士が、ここの面倒を見ていたようなので、重症や重病の子供はいなかった。

 建物の隅のほうに、衣類などが置かれている場所があり、そこで泣き崩れている人たちを見る限り、助けられなかった子供たちの遺品なのだろう。

 諦めきれないのか、必死で子供を探す親もいる――。


 治療士の一人がアスランとユキノに礼を言いに来た。

 彼が、ここの責任者なのだろう。

 今までの経緯などを、アスランは険しい表情で話を聞いていた。


 両親が迎えに来てくれない小さな子供たちが、我慢できなくなったのか泣き始める。

 ユキノとマリーは、言葉を交わすこともなく自然に子供たちの所へ行き、慰めていた。

 衛兵が危険な行為だと判断して飛びだそうとしたのを、俺は止める。

 シロたちにも周囲を警戒させて、万が一に備える。


 両親と再会した子供たちは親と一緒に暮らせるため、ここを離れる。

 家が倒壊してない場合は、一時的な場所などで暮らせるように申請をする必要がある。

 俺たちに挨拶をしながら、子供を連れて去っていった。

 そして、子供の遺品を持って帰っていく親もいた。 

 残ったのは、十数人の子供たちだった。


 このルグーレには孤児院がない。

 正確にはあったが、魔物暴走スタンピードで全壊したのだ。

 建物の問題や、人の問題などが解決できていない。

 治療士も、本来の仕事ではないので、このまま継続するわけにもいかないだろう。


 何人かの大人が泣き続ける子供が可哀そうだと感じたのか、泣き止むように宥めていた。

 俺は子供の扱いに慣れていると思いながら、その様子を見ていた。

 子育て経験のあるのだろうと感じながら、もしかしたら自分の子供が亡くなって、自分の子供を重ね合わせているのか? といろいろと考えてしまった。

 子供をあやす女性の顔は、本当に穏やかだったからだ。



 泣いていた子を寝かしつけたマリーが、静かに歩いて来た。


「思っていた通りのことが起きたわね……」

「四葉孤児院で引き取るのか?」

「引き取るにしても、人数が多すぎるわ。それに知らない土地では、子供たちも可哀そうだと思うし……」

「そうだな。だからと言って、ここに四葉孤児院のような施設を作ることは難しいだろう?」

「えぇ、そうね。私たちが簡単に口を出せることではないから、領主であるハーベルト様にお願いするしかないわね」

「ここには領主よりも偉い王子と王女がいるんだから、それは大丈夫だろうが……」


 領地の財政問題もある。

 当然、孤児院よりも優先すべき復興事業もあるから、簡単に孤児院を設立するわけにはいかないだろう。

 マリーが口を出せないというのは、このことを知っているからだ。


 ユキノが小さな子供を抱えたままで、俺とマリーの所に来た。


「お二人の話が少しだけ、聞こえてきましたが……」

「あぁ、今後についての話だ」


 ユキノも自分で孤児院などについて、いろいろと勉強をしたようで助成金などのことも理解しているようだった。

 しかし、問題が明確になっただけ、解決策があるのだと俺は思う。



「……おかあさん」


 ユキノの腕の中で、子供が胸を触りながら寝言言っていた。

 優しい顔で子供を起こさないように、少し揺する仕草をユキノはする。

 子供の寝顔を見ながら、何とかしてあげたい気持ちが大きくなる。

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