第867話 ルグーレの現状―6!

 アスランがユキノに連絡をすると、まだ領主の館内にいるそうだ。

 少し用事があると告げると、待っていてくれるそうなので、俺とアスランはユキノたちの所へと移動をする。

 俺たちだけでは怪しまれるので、ハーベルトに衛兵を一人付けてもらう。


 無言で案内をする衛兵に、俺たちの姿を見ると立ち止まり、通り過ぎるまで頭をさげる家臣や使用人たち。

 そんな、家臣や使用人たちに、アスランは励ましや労いの言葉を必ずかける。

 そして、「王子として不甲斐ないことを許して欲しい」と謝罪するのだった。


 王子に謝罪される家臣や使用人たちは、当然だが慌てる。

 身分に関係なく、一人の人族として接することができるアスランに俺は尊敬に念を抱く。

 そして、アスランが国王になっても、このエルドラード王国は安泰だと思えた。


 ユキノたちと合流すると、アスランは案内をしてくれた衛兵に礼を言う。

 衛兵は恐縮していた。


「ユキノ。預けておいた服を貰えるかな?」

「はい」


 ユキノは巾着袋から、服を一着出した。


「町に出るようの服だよ」


 装飾品など無い、普通の平凡な服だった。


「私もありますよ」


 ユキノも以前に、俺が贈った平凡な服を取り出す。

 そして、マリーもいつもよりも質素な服を持っていた。


「あまり目立つと……ね」


 マリーの発案のようだ。

 シロとクロに、ピンクーは自在に服装を変えられるので、すぐに平凡な服を着た姿に変化する。

 こうなると、目立つのは俺だけだ。

 冒険者の服とはいえ、この中だと違和感がある。

 俺が持っている服と言えば……この世界に来たときにエリーヌから貰った初期装備の服しかない。


 男女分かれて、着替えをする。

 俺も昔、「村人の服」と揶揄われた服に着替える。


 当然だが、男性の方が早く着替えを終えた。

 そして、着替えを終えた女性たちが出てくる。


「タクトのその姿、懐かしいわね」


 マリーが笑っていた。


「その姿のタクト様も、素晴らしいですわ」


 ユキノは見たことのない俺の服装に感動していた。

 俺たちは、近くにいた衛兵に暫くこの場を離れると告げて、気付かれないように町へと移動した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 町は配給があったせいか、先程よりも活気があるように思えた。

 マリーはメモを見ながら、道行く人に場所を聞いていた。

 俺たちが見知らぬ一団なので、警戒していたが、近くの村から避難してきたと言うと、疑うことなく受け入れて話を聞いてくれた。

 動けない人たちが居る場所は、幾つかに分かれた治療施設の数か所と、両親を失った子供や、親が怪我をしている子供たちを預かっている所だった。


 治療施設は、かなり衛生的にも悪く、俺が思っていた以上に人が多かった。


「タクト様‼」


 ユキノが俺のほうを見る。

 助けてあげてくれ! という意思表示なのは分かった。

 しかし、着替えてお忍びで来たのに……。

 そんなことも言っていられないのだろうが――。


 俺は衛兵に声を掛ける。

 しかし衛兵も忙しく、いちいち俺たちに対応していてはキリがないのだろう。

 不機嫌そうに素っ気ない態度を取られる。

 俺は、もう一度だけ「責任者に会わせてくれ」と頼むが無視された。


 忙しいのは分かるが、町の人々のために働く衛兵が、この態度なのはどうなのか? と怒りよりも疑問を感じていた。


「分かった。お前はそういう態度を取るんだな」

「俺たちはお前たちのために働いているから、忙しいんだ。そんなことくらいで声を掛けるな」


 最後は大きな声で俺たちを恫喝する。


「そういうことか。お前の考えは分かった」


 この場所で、いかに自分が優位な存在なのかを示すために敢えて、大きな声を出したのだろう。

 周囲の人々も怯えていたので、普段からこの態度だということが分かった。


「あなたの態度は衛兵として、見逃すわけにはいきませんね」

「はぁ、なにを言っている」


 一言だけ言葉を発したアスランの胸ぐらを掴んで、周りに聞こえるように大きな声で威嚇する。


「……お前、死んだな」

「はぁ?」


 俺の言葉にも苛立ったのか俺を睨むので、俺はギルドカードを見せる。


「ユキノ‼」

「はい」


 ユキノも王家の紋章を衛兵に見せた。


「アスランお兄様から、手を放して頂けますか?」

「はぁ?」


 ギルドカードも王家の紋章の意味も分からないのか、態度が全く変わらない。

 衛兵として、それはそれでどうなのか? と、俺は不思議に感じた。


「お前!」


 近くにいた衛兵が、凄い勢いで駆け寄りアスランの胸元を掴んでいた衛兵の手を払いのけると、すぐさま膝をついた。


「アスラン王子にユキノ王女、部下の無礼をお許しください」


 頭を下げて謝罪をする。

 無礼を働いた衛兵は、自分が何をしたか分かったようで、体を震わせながら膝をついた。


「ここでは、人々にこのような振る舞いをしているんですか?」

「いえ、そのようなことは……」


 上司の衛兵は、言葉を詰まらせていた。


「人々に話を聞きますので、その後のことはハーベルト卿と考えます」

「……はい」


 上司の衛兵は震える声で話す。


「まぁ、そっちの男は王子に手を掛けたんだから、拷問を受けたうえで処刑だろうな」

「タクト‼」


 先程、恫喝された仕返しに俺が衛兵を脅すと、マリーに叱られた。

 しかし、衛兵は冗談だと感じなかったようで、真っ青な顔をして体を震わせる。

 自分が、ここにいる人たちに取っていた態度が、何倍にもなって自分に返ってきただけだ。


 俺はシロとクロ、ピンクーにこの場にいる衛兵の顔と名を覚えさせる。

 ないとは思うが、衛兵による虐待疑惑を感じていたからだ。


「あなたが、ここの責任者ですか?」

「私ではございません」


 アスランが問い掛けるが、違うようだった。

 この場に不釣り合いな異様な雰囲気だったのか、かなり目立っていた。

 それに気付いた衛兵がゆっくりと近付いてきた。


「そこで、なにをしている‼」


 衛兵は近付いて来ると、俺たちの姿を見て歩くのを止めて走りだした。


「アスラン王子にユキノ王女。どうして、このような場所に?」


 衛兵の名は『ガッデル』と言い、ここの責任者だと丁寧に話す。

 アスランは、そこにいる衛兵の人々への無礼な振る舞いを、ガッデルに話す。


「私の管理不足です……申し訳ございません」


 ガッデルは平謝りしていた。


「そこの衛兵は、王子の胸ぐらを掴んで、王子や王女に暴言を吐いていたが、責任者として、どう考えているんだ?」


 俺の言葉にガッデルは、少し振り返り衛兵を見る。

 衛兵は先程以上に、震えていた。


「……反逆罪に等しいので、極刑になるかと思います。当然、私も上司として同様です」


 ガッデルの言葉で、衛兵は「死」を覚悟したのか、凄い量の汗をかいていた。


「それは、私でなくハーベルト卿が決めることです」


 多くの真面目に仕事をしている衛兵たち。

 極少数の不届き者がいるだけで、衛兵全体のことだと感じてしまう。

 多分、このガッデルという責任者も、横暴な態度を取っていた衛兵のことは知らなかったのだろう……。

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