第846話 優柔不断!
「だからだな――」
「だからも、へったくれもないの!」
ジークのギルド会館で鬼人族が口論していた。
片方の鬼人族は俺のよく知っている顔だった……。
俺の連絡先が消えてしまったトグルは、マリーに俺を呼ぶように頼んだらしい。
「お前たちでも、どうにかできないのか?」
俺は横にいるギルマスのルーノと、サブマスのトグルに話し掛けた。
「あぁ、悪いが俺たちでは手に負えない」
「そうだな、セイランを相手にするのは、気分的に……なっ!」
「お前ら……厄介ごとを俺に押し付けたいだけだろう⁈」
「そんなこと……ないよな、トグル!」
「あぁ、もちろんだ。ランクAの冒険者を相手にするには、それ以上のランク冒険者しかできないしな」
「……要するに、お前たちはあのセイランというムラサキの妹が苦手って訳だな⁉」
「ま、まぁ……」
「そうだな……」
口論をしていたのはムラサキと、妹のセイランだった。
シキブの様子を見に来ると言っていたので、ジークまで来たのだろう。
しかし――本当に、ムラサキの妹なのだろうか?
全く似ていない。
しかも、どこかで見た記憶もある――。
俺は記憶の引き出しを開けようとするが、思い出せない……。
(御主人様。冒険者投票の時に、二位に入賞した方ですよ)
シロが、こっそりと教えてくれたので、俺は思い出した!
確かシキブと、どこか似ていると感じていたので、印象に残っていたのだ。
今思えば、ムラサキからセイランがシキブを尊敬していたと聞いていたので、容姿や髪型などもシキブに似せていたのだろう。
ムラサキが必死にセイランをなだめているが、セイランの感情を逆撫でしてしまっている。
口下手なムラサキでは……いや、男性が口ケンカで女性に勝とうとするのは難しいのは、俺も知っている。
「まぁ、お前の場合は別の理由もあるだろうしな⁈」
「別の理由?」
ルーノの言葉に、トグルの方を見る。
「あぁ、漆黒の魔剣士様と結婚したいそうだ」
「はぁ?」
俺は思わず声をあげる。
どうやら、セイランがジークに来た理由は、シキブの様子を見ることと、自分より強いと思われる鬼人族のトグルを、自分の結婚相手として相応しいか、自分の目で確認しに来たそうだ。
そして試験場で軽く手合わせをしたセイランは、トグルを自分に相応しい男性だと確信をして、その場で結婚を申し込んだそうだ。
「それでトグルは、もちろん断ったんだろう?」
「いや、それがトグルときたら――」
「ルーノ!」
トグルが恥ずかしそうに、ルーノに口止めをしようとしたが、俺はルーノに話の続きを聞いた。
一応、トグルは「自分は一本角だから」と断ったらしいが、「それは気にしない!」とセイランに言われると、次の言葉が出て来ずに「また、今度……」と、その場から逃げ出したそうだ。
それが、昨日のことだった――。
隠れるようにして、ムラサキとセイランを見ていたのは、そのせいだろう。
「あぁ~、それはトグルが悪いな」
「だろう。俺もそう思う」
俺の言葉のルーノが大きく頷く。
「リベラは、さぞかし悲しんだろうな」
「そっ、それは――」
「お前も、はっきりさせないとな。本当に大事な人を失ってからでは、遅いんだぞ」
「……分かっている」
「いいや、分かっていない。お前が、はっきりした態度をとらないということは、リベラにとっては、そんな存在だったんだと思わせているのと同じだ!」
「そうそう、タクトの言うとおりだ」
ルーノが、また大きく頷いた。
「いい機会だし、はっきりさせた方がいいぞ」
「分かった。きちんと、セイランに話す」
「本当か?」
「あぁ、もちろんだ」
「その言葉を信じるぞ。もし、また同じようなことがあれば、俺はリベラの味方をするし、別の場所で働きたいと言ったら、俺とマリーでお前の気持ちに関係なく、そうするからな」
「……あぁ」
少し遅れて返事をするトグル。
「じゃあ、あのうるさい兄妹のケンカを止めてくるか……」
俺は背伸びをしてから、冒険者たちの間を歩いて、ムラサキとセイランの所まで行く。
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