第847話 兄妹ケンカ!

 元サブマスのムラサキと、その妹のセイラン。

 ともにランクAの冒険者だ。

 ジークの冒険者たちは、この兄妹の言い争いを遠巻きに見ていた。

 止めたいが、実力的に止めることは難しいと感じていたからだ。


「ムラサキ!」


 俺は歩きながら、ムラサキの名を呼ぶ。

 ムラサキとセイランが同時に俺の方を向く。


「二人の口ケンカで、周りが迷惑しているぞ」


 俺の言葉に周囲を見渡して、状況を把握するムラサキとセイラン。


「もう少し、小さな声でした方がいいぞ」

「すまん、タクト」


 ムラサキは頭を掻きながら、自分の行動を後悔しているようだった。


「えっ! 今、タクトって……あのタクト⁉」


 セイランは俺とムラサキを交互に見る。


「あのタクトかは分からないが、俺の名はタクトだ‼」


 セイランはムラサキの方を、じっと見ていた。


「あぁ、ランクSSSの冒険者で、王都を救ったタクト本人だ……」

「うそっ! なんでタクトさんが、ここに……⁈ それよりもなんで、兄貴の名前を……」

「あぁ、タクトとは冒険者になった時からの知り合いだ」

「うそ~‼ そんなこと一言も言ってなかったじゃない!」

「別に聞かれてなかったし――」

「普通は教えてくれるでしょう……信じられない」


 先程、注意したにもかかわらず、先程以上の声量で会話を始めた。


「あの~、凄く迷惑なんだが……」


 俺の言葉で、冷静さを取り戻したムラサキとセイラン。

 二人とも、素直に詫びる。


「とりあえず、場所を変えようか?」

「そ、そうだな……」

「はい」


 二人は俺の提案を受け入れてくれたようなので、ルーノに二階の部屋を借りるように頼む。

 ルーノは快諾してくれた。

 しかし、ルーノの横にトグルがいることに気付いたセイランは、トグルの名を呼び、大きく手を振っていた。

 それに小さく手を振り返すトグル。

 俺は「……本当に大丈夫なのか?」と心配になる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「改めて紹介する。妹のセイランだ。最近、ランクAになった」

「初めましてセイランです。ランクSSSの冒険者であるタクトさんと会えるなんて夢のようです」

「あぁ、タクトだ。【呪詛】の関係で丁寧語を話すことができないが、許してくれ」

「いえ、構いません。それよりも……本当に、兄貴と知り合いなんですか?」

「あぁ、ムラサキとシキブには世話になっている」


 俺の言葉を聞いても、セイランがムラサキを疑いの目で見ていた。

 お互いの紹介も終わり、とりあえず座って話を聞くことにした。


「――それで口論の原因は、なんだったんだ?」

「あぁ、それなんだが――」


 セイランはシキブの様子が気になり、家まで案内するようにとムラサキに頼む。

 しかし、シキブはジークにおらず、ゴンド村にいるため、案内をすることができない。

 ゴンド村に移住したことは、セイランはもちろん、両親たちにも伝えていないので、ムラサキは理由をつけて案内を断っていた。

 ムラサキの態度が怪しいと思ったセイランは、引かずに強気な態度でムラサキに接していた。

 口下手なムラサキでは限界がある――。

 ここは俺が説得する必要があると感じた。


「実は国王からの命で、ムラサキとシキブは別の場所で暮らしている」

「国王様から?」

「元護衛三人衆のカルアも一緒だ。もちろん、俺もそこで生活をしている。ムラサキが言えなかったのは、極秘だったからだろう」

「そ、そうなんだ‼ 勝手に話す訳にも、いかなかったからな」

「一応、俺はそこでの責任者のような立場なので、話すことができたのだが――このことは、くれぐれも秘密だ。もし、喋ったりでもすれば……全部、言わなくても分かるよな」

「はい」


 セイランは、状況を把握したのか真剣な顔つきで返事をした。


「シキブも近くにいるので、連れてくるから少しだけ待っていてくれるか?」

「本当ですか! ありがとうございます。兄貴も、それならそうと言ってくれればいいのに――」

「……悪かった」


 ムラサキが謝る必要はなかった。

 なぜなら、シキブが近くにいるというのは嘘だからだ!

 俺がゴンド村まで【転移】して戻ってくる。

 ムラサキには難しい……いや、できないことだったからだ。


「シキブを迎えに行ってくるので、少しだけ待っていてくれるか?」

「はい。でも……迎えに行くのであれば、タクトさんでなく、兄貴の方が――」

「お前とタクトを二人っきりにするほうが、俺は不安だ……」

「失礼ね! そりゃ、タクトさんと戦いたいけど、さすがにここで戦おうとは思わないわよ」

「やっぱり、戦うつもりだったのか……」

「当り前でしょう‼ この国で最強かもしれない冒険者と会えば、自分の実力を試したいじゃない!」


 話を聞く限り、セイランは戦闘狂なのか? と疑ってしまう。

 なんとなくだが、国王であるルーカスの姉フリーゼと同じような感覚だったからだ。

 俺の中ではフリーゼは戦闘狂と認識している。


「世話になっているムラサキの妹だし、試験場が空いていればだけど、少しなら相手をしてもいいぞ」

「本当‼」


 セイランは立ち上がって喜ぶ!

 その顔は、すでにどうやって戦おうかと考えているようだった。


「ちなみに兄貴と戦った時ってのは――」

「タクトが冒険者登録に来た当日だ。その日に、ランクBまでの昇級試験を受けた時の実技試験官が俺だった」

「冒険者登録した日にランクBまでって――それで?」

「ん……あぁ、秒殺で負けた」

「兄貴が秒殺――」


 セイランは少し驚いていた。

 しかし、すぐに嬉しそうな元の表情に戻った。


「あっ、それと俺のことはタクトと呼んでくれ!」

「いいんですか‼」

「あぁ、俺もそのほうがいいしな。俺もセイランと呼ぶがいいか?」

「はい、もちろんです!」


 笑顔のセイランだったが、拳を強く握っていることに俺は気付いていた――。

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