第736話 師匠との出会い!

 シロとクロから定時報告があるが、やはり難しいようだ。

 左目に傷のある虎人族で、名前がデニーロだけでは情報不足なのだろう。

 ましてや、スラム街等のように隠れて生活をしていれば、目撃情報も殆ど無い。


 その間、レグナムとローレーンはゴンド村に滞在して、ジークの冒険者ギルドでクエストを受注して、ローレーンの冒険者ランクを上げる。

 勿論、ローレーンへの稽古も同時に行う。

 体技をメインとしているので、武器を使うゾリアスやローズルよりも、皮肉な事にアルやネロの方が相性が良い。

 稽古と言うよりも、アルとネロに遊ばれている感じだ。

 しかし、徐々に強くなっているのは間違いない。


「しかし、驚きましたね」


 稽古の様子を見ていた俺にレグナムが話し掛ける。


「この村の事か? それとも俺の事か?」

「両方ですよ。ゾリアス殿から聞きました。この村は貴方が作り上げた事。しかし村人である人族は皆、その事を忘れている事を……」

「まぁ、終わった事だ。今更、考えてもどうしようもないからな」

「強いですね」

「何がだ?」

「私は師匠がデニーロに殺されてから、一歩も前に進めていません」

「過去に縛られているって事か?」

「はい。ローレーンを弟子にした事も、彼女にとって良かったのかと、今も考えさせられます」

「ローレーンは、レグナムが師匠で良かったと思っているだろう」

「そうですかね。私はいい加減ですから」

「そうか……」


 俺はレグナムに対して、話す言葉が見つからなかった。

 過去との決別は、難しいのだろう。



「レグナム師匠……もう、無理です」


 息を切らして、レグナムの所に千鳥足で近寄って来た。


「まぁ、少し休憩しなさい。休憩も大事ですから」

「レグナム師匠は、いつも休憩ばかりじゃないですか」

「そうですか?」


 ローレーンは、地面に大の字で寝転ぶ。


 レグナムがゾリアスに、スラム街の仲間を集めて、デニーロの情報を聞きたいと言うので、作業の合間に時間を取ってくれたようだ。

 俺はまとまった情報を聞くだけで良いので、レグナムだけ話に参加する。



「レグナムは厳しいか?」


 寝転びながら息を整えているローレーンに質問をする。


「全然です。いつも怠ける事を考えています」

「そんなレグナムに、どうして弟子入りしたんだ?」

「……レグナム師匠の戦い方に目を奪われたからです」


 ローレーンは自分とレグナムとの出会いについて、話してくれた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ローレーンは女性に生まれたという事に、劣等感を抱いていた。

 他の男兄弟よりも待遇が悪く、陰口を叩かれている事も知っていた。

 形だけの皇女。

 女性に生まれたというだけで弱者というレッテル。

 成長と共に、その劣等感は大きくなっていく。

 男性に交じって稽古をするが、馬鹿にされて、まともに相手もしてくれない。

 しかし自分には姉や、他の女性のように、強者へ媚び諂う事も出来ない。

 皇女としての、ちっぽけなプライドが邪魔をする。

 中途半端な事は、自分でも分かっていた。


 藻掻いても答えは出ない。

 結局、帝都を飛び出して放浪の旅に出る。

 目的の無い、現実から逃げ出した旅。


 レグナムと出会ったのは、本当に偶然だった。

 移動する馬車の中で、たまたま乗り合わせた。

 その馬車が、盗賊に襲われた時に、一人で立ち向かう。

 その戦い方は、ローレーンが今迄に見た事の無い、力で捻じ伏せる訳でなく、流れるように踊るような戦い方だった。

 ローレーンは、レグナムの戦い方に目を奪われる。

 気付くと、レグナムに弟子入りを懇願していた。


 レグナムの弟子になったローレーンだったが、戦い方を教えて貰う事は無かった。

 何故なら、レグナムは怠け者だったからだ。

 朝は起きて来ない。暇さえあれば、寝ている。

 身の回りの事を自分にさせる為に、弟子入りを許可したのではないかと、ローレーンは考える。

 レグナムはローレーンに向かって常に「流れに逆らわない事」と言っていた。

 自分が楽をしたいから言っているのだと、ローレーンは思っていた。

 ローレーンの不満が爆発をする。

 稽古もつけてくれないのに、弟子になった意味が無いとレグナムに文句を言う。


「仕方ないですね。掛かって来なさい」


 レグナムがローレーンに戦う事を要求する。

 ローレーンは、怒りに任せてレグナムを襲う。

 しかし、攻撃を出しても当たらない。

 そればかりか、体勢を何度も崩される。


「力が入りすぎです」


 笑いながらローレーンに話す。

 何度も何度もレグナムを攻撃するが、ローレーンの攻撃が一撃も当たる事は無かった。


「ローレーン。力を抜いて、流れに逆らわない事です」


 獅子人族のレグナムであれば、虎人族の自分よりも力が強い筈だ。

 その力を使わずに、相手を圧倒する技術。

 ローレーンの目指すものが、はっきりとした瞬間だった。


 その後のローレーンは、力を抜く事と体の動かし方等をレグナムから学ぶ。

 そして、そこから繰り出される力を使った攻撃もだ。


 レグナムは「怠けているのは演技で、日々鍛錬している」と、ローレーンに話すが、それは言い訳だとローレーンも気付いていた。

 しかし、レグナムとの関係が気持ちの良いものだとも感じる。

 自然体でいられる事が、どれだけ楽な事かを教えてくれたからだ。


 レグナムは、エルドラード王国での魔物討伐を何度かしていた。

 冒険者のクエストだと聞いていたが、ローレーンも魔物との戦闘を体験する。

 魔物により戦い方や、体の動かし方を変える。

 決して流れには逆らわない。

 それさえ守れば、大きい魔物だろうが、素早い魔物だろうが関係なく倒す事が出来た。

 ローレーンは、確実に自分が強くなっていると実感する。


 しかし、レグナムとの稽古ではレグナムの攻撃を受け流す事が出来ない。

 実力に差があると、ローレーンでは対処出来ない事を知る。

 それでも、ローレーンは他の者達に負ける事は無いと、自信を持つ。

 実際、エルドラード王国で盗賊に襲われた時も、余裕で対応して盗賊を倒す事が出来た。

 ある程度の魔物も倒せる実力もある。


「ローレーン。動きが傲慢になっていますよ」


 レグナムが何を言っているのか分からなった。

 そんな時、武闘会の噂を耳にする。

 ローレーンはレグナムに参加の許可を取る。


「ローレーン。貴女の実力では優勝は出来ませんよ」

「それは戦ってみなくては分かりません」

「いいえ、分かります。まぁ、己を知るにはいい機会でしょうし、参加を許可しましょう」

「有難う御座います」


 ローレーンは優勝出来ると思っていた。

 兄であるスタリオンにさえ、勝てると本気で思っていた。


 武闘会で負けた時、ローレーンは信じられなかった。

 何故、自分が負けたのかが分からなかった。

 自分の方が強い筈なのに、どうして……。

 そんな時、レグナムの言葉が頭に浮かぶ。


(動きが傲慢になっている)


 自分が慢心していた事に気付く。

 どうして、師匠であるレグナムの言葉に耳を傾けなかったのか。

 猛烈に後悔する。

 慢心していた自分に。

 そして、師匠の言葉を信じられなかった自分に……。

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