第610話 記憶!
コボルト達と別れると、エルフの娘達が居る場所に来る。
警戒しているのか姿を現さない。
アルが「連れて来る」と言うが、無理強いも良くないので会わない事にする。
そもそも、村の者全員に会う事が目的では無い。
村で暮らす者達にとって、今の俺がどう見えて感じているかが大事な事だ。
目線の先にはシキブとムラサキ夫妻、イリアが居る。
妊婦のシキブも元気そうだ。
この間、「無理をするなよ」と言った事も覚えていないだろう。
ゾリアスが俺の事を話すが、シキブとムラサキは全く信用していない。
イリアも同様に俺を疑っている。
分かっていた事だが、思っていた以上に気まずい。
シキブとイリアに関しては、強情というか、自分が納得出来ない事には、妥協しない性格だ。
「タクトと言ったかしら。貴方が本当に私達と知り合いなら、私達しか知らない事でも言ってくれたら、信用してあげるわ」
シキブは俺の事を疑って話をしてくる。
「……そうだな。一人ずつでも良いか? 他の者に聞かれたらいやな事かも知れないしな」
「素性も知れん奴をシキブと二人っきりにする事は出来ん」
ムラサキが俺とシキブを、二人っきりにする事に対して拒否する。
当たり前の事なので、俺は反論はしない。
仕方が無いので三人で話をする事にした。
「イリアは待っている間、シロの相手をしていてくれ」
「シロ?」
イリアの記憶の中から、シロが消えている事を忘れていた。
「とりあえず、場所はアル達の家でいいか?」
「えぇ、構わないわ」
一番世話になった三人に対して、俺はどのように説明をして良いのかを考える。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さぁ、聞かせて貰おうかしら」
完全に俺を疑って掛かっている。
思えば初対面の時も、こんな感じだったと思い頬が緩む。
「そうだな。まず、シキブのユニークスキルは【神速】、ムラサキのユニークスキルは【威圧】」
「当たりだけど、それだけでは納得出来ないわね」
「昔、魔法都市ルンデンブルク領主のダウザーとパーティーを組んでいた。その時に、扱き使っていたのがトグルとルーノだ」
「……それは、冒険者によっては知っている人もいるわ」
確かにそうだ。
シキブとムラサキの個人情報で、俺が知っているのは……。
「シキブは昔、自分勝手に行動して誰からも、パーティーに誘われなくなったのをムラサキが根気よく、皆を説得していたよな」
シキブとムラサキはお互いの顔を見る。
随分と昔の話なので、人間族の俺が知っている事に驚いていた。
「それで、シキブの信用がある程度戻ったら、シキブの前からムラサキは姿を消す。理由は他の都市の超難関クエストに誘われたからだ。ここまでは、合っているよな?」
「……あぁ、間違いない」
「シキブは怒りながら、そのクエストに参加しようとムラサキを追った」
「えぇ……」
「そこで再会した二人だったが、ムラサキから邪魔だから帰れと言われたんだよな」
「……」
「その理由が、好きな女が居たら戦闘に集中出来ないだろ……」
「ちょ、ちょっと、なんで知っているのよ!」
顔を真っ赤にしながらシキブが叫ぶ。
ムラサキは恥ずかしそうに下を向いていた。
「昔、シキブの口から聞いたからな」
自分が話した記憶が無い、自分達の馴れ初めの話を聞かされて恥ずかしいのだろう。
二人の秘密と言えば、これ位しか思い出せなかった。
「私ったら、何を喋っているのよ……」
シキブは記憶に無い自分に対して、どうして良いか分からない気持ちをぶつけていた。
「俺が知っている二人の秘密は、この程度だ。少しは信用してくれたか?」
「……その、私達の知らない貴方との事を教えてくれるかしら?」
「あぁ、二人に世話になったからな」
「そうなの?」
「まだ、シキブがジーク領でギルマスをしていた時だけどな」
「つい、この間じゃない。待って、それって貴方も冒険者って事?」
「まぁ、一応……」
俺は冒険者ギルドカードを見せる。
「ランクSSSって、そんな冒険者なら絶対に覚えているわよ」
「……確かにな。ん? 確か、タクトって言ったよな。ランクSSSのタクトって事は!」
「無職無双のタクト!」
俺の二つ名を夫婦揃って叫ぶ。
「俺が最初に冒険者登録したのが、ジークの冒険者ギルドだから、随分と世話になった」
「それなら、ランクBまで一日で昇級した件だろう。覚えているが……目の前のタクトと一致しないな……」
「そうね。でも、この冒険者ギルドカードは偽物ではないわ」
全て都合良く辻褄が合っていないようだ。
この小さな記憶の綻びが、いずれ問題にならなければ良いのだが……。
ゾリアス同様に納得はして貰えていないが、俺が嘘を言っていない事だけは分かって貰えたようだ。
「あとは、イリアか……」
イリアの個人情報を思い出しながら、シキブとムラサキが部屋を出て行く姿を見ていた。
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