第381話 泣くのが仕事!

 『四葉孤児院』に戻り、プレセアとティオが王都にある店で働く事が決まった事を伝える。

 王都になる為、此処には頻繁に戻ってくる事が出来ないので、悲しそうにしていた。

 ふたりには『転移扉』の使用を許可しようと思っているが、今は内緒だ。

 プレセアとティオの用意が出来次第、出発する事になった。

 急な話だが、その前にふたりのお別れ会をするので、俺とユキノに四葉商会の従業員には参加して欲しいと言われたので、詳しくはフランやマリーと決めてくれと伝える。

 但し、俺とユキノは近々、用事で暫く留守にするので出来れば早い方が良い事を伝えておく。


 違う部屋から、赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 その声に反応するように、サーシャが立ち上がった。


「……赤ん坊が居るのか?」


 俺はサジに質問をする。


「はい。この間、孤児院の前に置かれているのを、私が発見致しました」


 誰かが、捨てていったという事か……。


「衛兵等には届けたのか?」

「はい。しかし、本格的には調べて貰えそうもありませんので……」


 確かに、普段の仕事に加えて母親探しなど、情報も少ない事例であれば厄介な案件でしかない。


「乳等は、どうしているんだ?」

「それは、この間赤ん坊を産んだ方から、少しだけ分けて頂いておりますが……」

「足りている量ではないという事か」

「はい。このままでは衰弱してしまうのは分かっているのですが……」


 サジは、やりきれない表情をしている。


「分かった。赤ん坊が捨てられた状況を詳しく教えてくれ」

「あぁ、はい」


 サジからの聞いた情報を【全知全能】に問いかけると、母親が分かった。

 この街の住民では無いようだがまだ、この街に滞在している。


「少し待っていてくれ」


 俺が行こうとすると、ユキノも立ち上がった。


「私も行きますわ」


 ユキノも同行すると言う。

 俺は【全知全能】に聞いたとおりの場所で母親らしき女性を発見した。

 女性は道端に座り込んで憔悴していた。


「おい!」


 俺が声を掛けると、女性は驚く。


「な、なんでしょうか」

「あんたの子供が、乳が飲めなくて死にそうだ」


 俺の言葉に、女性は一気に青ざめていく。


「私には子供なんて居ません。どなたかと勘違いされていませんか」

「……そうか、それは悪かった。因みにその子供は、数日以内には必ず死んでしまうので、知り合いに乳が出る女性が居たら、四葉孤児院まで連れてきて欲しい」


 女性は完全に動揺している。

 ユキノも俺の言葉から、この女性が赤ん坊の母親だと分かっているようだ。


「気分の悪い話をして、すまなかったな」


 俺はそう言って、振り返り歩き始める。


「タクト様、良かったのですか?」

「母親が認めないのであれば、次の手を考えて赤ん坊を助ける方が先決だ」


 かといって、乳母等が居る世界でも無い。

 王族でも出産の時期でもなければ、乳母を用意しないだろう。

 乳の代わりに、前世の粉ミルクのような物があればよいが【全知全能】に聞いても、同じような物は作れない。

 助ける方法は、誰かから乳を貰うしか無い。


「待ってください!」


 後ろから大きな声で、俺達を呼び止める声がするので振り返る。


「私は乳が出るので、その……よければ、その子に飲ませてあげたいのですが」


 明らかに嘘だと分かっているが、乳を飲ませてくれるのであれば、我が子を捨てた母親だろうが関係ない。


「そうか、それは助かる。こっちだ、着いてきてくれ」


 俺は母親を、我が子を捨てた場所である孤児院まで案内する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ありがとうございます」


 事情を知らないサジは、女性に礼を言う。

 女性は、申し訳なさそうにしていた。


「飲み疲れたのか、眠ってしまいましたね」


 ユキノが女性の横で、赤ん坊を撫でながら話し掛ける。


「この子も死なないように、必死で生きようとして泣いて私達に教えてくれているんですね」


 優しい口調で、女性に語る。


「御腹を痛めた子を捨てるのは、余程の事だと思います。この子の母親も辛かったのでしょうね」


 ユキノが話している間、俺達は何も喋れない雰囲気になっていた。


「貴方が、この子を生かしてくれたのですよ」

「……いえ、私は」

「この子も安心しているようなので、もう少しだけこのままで居てあげて貰えますか?」

「……はい」


 話し終えたユキノは俺の横に戻って来た。

 誰も何も話さずに、赤ん坊を抱く女性だけを見ていた。


「……ゴメンね。ゴメンね」


 女性が泣き始める。

 サジは、突然の事に驚く。

 女性は静かに赤ん坊を置くと俺達に向かい頭を下げて、自分が母親だという事を告げる。

 女性はジークに来る途中で、魔獣に襲われて夫を亡くしてしまい、何とかジークに着いたが赤ん坊を抱いたままでは、仕事にも就けず途方に暮れていた。

 そんな時、たまたま通りがかったこの場所で、孤児院を発見する。

 女性は、ここでなら自分で居るよりも良い生活が出来るだろうと思い、衝動的に我が子を捨ててしまったと話した。

 その後、後悔もしたが自分もろくに生活が出来ていない状態なのに、赤ん坊を育てられる訳が無いと自問自答して、何も手がつかずに数日過ぎてしまっていた。


「許されるとは思っていません。勝手な言い分だと分かっていますが、この子を私に返して頂けませんか」


 泣きながら、許しを請う。

 頭を下げる女性のもとにユキノが行き、


「貴方が後悔していたのであれば、その分この子に愛情を注いで上げてください」

「……ありがとうございます」

「もう、絶対に手放しては駄目ですよ」

「はい」


 女性に微笑みかけるユキノの身体が一瞬光ったように思えた。

 俺の気のせいか? もしかしてユキノの称号『聖女』に関係があるのか?


「今日は、ここに泊まってゆっくりなさって下さい」


 サジは女性に優しい言葉をかける。

 しかし、問題の根本は解決していない。

 俺は女性に、この街に来た本当の理由を聞く。


 女性達が暮らす村では収入が少なく不安定な為、家族三人でジークに移住する予定だった。

 ジークは噂で王都以上に住み易く、治安も良いと村を訪れる商人や、旅人達から聞いていた。

 特に四葉商会は、街が良くなるようにと色々と動いているそうで、街の者達からも感謝されているし、商人達も四葉商会が絡む案件は必ず儲かると言っていたので、親子もジークに着けば仕事は必ずあると思っていたそうだ。


 女性の話を聞いたサジは「確かにそうですね」と頷き、ユキノも「その通りです」と相槌を打っていた。

 サジもユキノも俺の方に目線を向けている。

 何を期待しているのだか……。

 俺は女性に名前を聞くと、『ラウム』と答える。

 ラウムに、この街で自分が出来る事を聞く。

 しかし、子供ありきで答えようとするので、子供の事は考えずに出来る事を聞くと、結婚前に飲食店での職務経験がある事を答える。

 支払いの計算等を簡単に質問すると、たどたどしくも答えた。


「子供の面倒が見ながら仕事が出来れば多少、給料が安くても良いか?」

「はい」

「少し待っていてくれ」


 俺は、マリーに連絡をする。

 ラウムの事情やら、これまでの経緯を話して雇う事は可能かを尋ねる。


「タクトが、この話をするという事は雇う前提なんでしょう。分かったわ、今から孤児院に向かうから」

「悪いな」


 マリーに感謝をしながら【交信】を切る。


「今から、四葉商会の副代表が来るから、詳しくは彼女に聞いてくれ」

「えっ!」

「子供の面倒を見ながら働けるし、狭いが住居も用意したので安心してくれ」


 ラウムは何の事だか理解が出来ていない。


「タクトさんは、四葉商会の代表です。因みにお隣にお見えになるのは、第一王女のユキノ様ですよ」


 サジは、混乱しているラウムに説明をすると、驚くどころかユキノに対して無礼を働いたと思い「どうか、御許し下さい」と震えながら謝罪している。


「頭をお上げ下さい。本当に申し訳ないと思っているのであれば、これからはこの子の為に精一杯の愛情を注いで上げて下さい」

「はい、ありがとうございます」


 ラウムは泣きながら礼を言っていた。

 俺達が騒がしかったのか、大人しかった赤ん坊が泣き始めた。

 ラウムは赤ん坊を抱き上げて、必死で泣き止まそうとしていた。

 俺達に失礼だと思ったのだろう。


「気にしなくて良いぞ。赤ん坊は泣くのが仕事だからな」


 俺が何気なく話すと、ユキノが感動していた。


「赤ちゃんは泣くのが仕事なんて、とても素晴らしい言葉ですね」


 ……俺は前世で、そんな言葉を何回も耳にしていたが、この世界では浸透していないようだった。


「確かに、素晴らしい言葉です」


 サジもユキノ同様に感動していた。


「言葉が話せないから、泣いて表現するしか方法が無いしな。よく食べて、よく泣きそして、よく眠る。これが赤ん坊の仕事だろう」

「その考えは素晴らしいですね」


 サジは感心していた。


「だから、ラウムも気にしなくて良いからな」

「は、はい。有難う御座います」


 赤ん坊を抱えながら、俺に礼を言う。

 その間も、赤ん坊は元気に泣いていた。

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