第380話 婆や!

 プレセアとティオには、今から起こる事は絶対に秘密だと言い聞かせる。

 ふたりとも、俺があまりにも言うので重要な事だと理解したみたいで、「分かった」と言ってくれた。

 【転移】で王都まで移動する。

 プレセアとティオは、何が起こったかが分かっていないが、王都に来た事だけを伝えると秘密の意味を再度理解して、ここまで来た方法よりも事実を受け止めていた。

 

 ユキノの案内で、目的の場所まで歩く。


「ここですわ」


 一軒の店の前で立ち止まる。

 店の看板には『エンヤ治療院』と書いてあった。

 ユキノは入口の扉を開ける。


「いらっしゃ……ユ、ユキノ様ですか?」

「お久しぶりです。婆や」

「何故、ユキノ様がこんな所に! しかも、そのような格好で」


 婆やと呼ばれた老婆の女性は、驚きの余りどうしていいのか分からない様子だ。

 ユキノは、婆やを落ち着かせて話を始めた。

 話を聞いているうちに、婆やも落ち着きを取り戻したようだ。


「そういう事ですか。名乗るのが遅れましたが、エンヤと申します」


 婆やは『エンヤ』と名乗り、俺達に挨拶をした。

 エンヤは以前に、王宮で治療士として働いていたが、後輩の成長等もあり治療士筆頭としての地位から引退をして、王宮からも去ろうとした。

 その頃にユキノが生まれた。

 出産にも立会い、その後も王妃とユキノの世話をしていた為、引退する事を告げると王妃であるイースから、治療士で無くユキノの世話係として王宮に残って欲しいと頼まれる。

 エンヤは国王や王妃への恩返しも含めて、承諾してユキノの面倒をみていたそうだ。

 ユキノの成長するに従い、自分の体力ではユキノの世話に限界を感じて、三年程前に世話係を引退する。

 その後はここで、治療院を細々と経営していた。


「それで、そちらの男性は?」


 ユキノが俺の方を見るので頷くと、嬉しそうにユキノはエンヤの耳元で「内緒ですが、私の旦那様です!」と答えていた。

 勿論、プレセアやティオには聞こえていない。

 世話になっていた婆やだからこそ、伝えておきたかったのだろう。


「な、なんですと!」


 エンヤは血管が切れそうな勢いで大声を上げる。

 その声に、プレセアとティオは驚いていた。


「婆や。改めて紹介しますね。タクト様です」

「タクトだ。宜しく」


 一応、【呪詛】の証明書を提示して話をする。


「私の記憶ですと、御名前をお聞きした事が御座いませんが、どの国もしくは、何処の領主様の御子息なのですか?」


 明らかに不審な目で俺を見ている。

 まぁ、長年大事に育ててきた王女を、何処の馬の骨か分からない男の嫁になるといったら、こういう反応になるだろう。


「あ~、俺は只の平民だ」

「はっ?」


 エンヤは、俺の答えに気の抜けた言葉で返してきた。

 その後、ユキノが俺がいかに素晴らしい人間かをエンヤに話していた。

 聞いている俺が恥ずかしくなるような事を、誇らしげに話す。

 冒険者ランクSSSや、四葉商会と言った話から俺がそれなりに凄い人物だと分かっているようだった。

 俺が同伴すれば、国王であるルーカスや王妃のイースも、何処へ行っても良いと信頼関係が築けているとも伝えていた。

 最後に、アスランを治したのも俺だと伝えると、驚き感謝をされた。

 時期的にはエンヤが王宮を去った後だが、藁にも縋る気持ちでエンヤにも協力要請があったのだろう。

 アスランの話は分からないだろが、それ以外話を聞いて理解していたプレセアとティオも、俺に羨望の眼差しを向けていた。


「そうですか、あのドジっ子のユキノ様が……」


 エンヤは、涙を流していた。

 本当にユキノの事を大事に思っていてくれていたのだと思った。

 城から出てしまえば、その後の人生でユキノと会って話をする事は出来ないのが普通だ。

 こういったユキノの成長に関係した者達への事も含めて、イースは国民に式典として見せてあげたいといったのだろうか?

 人はひとりでは生きてはいけない。必ず誰かに支えられている。

 改めて考えさせられた。


「ところで、ユキノ様が此処へいらしたのは、今の報告でしたか?」

「いいえ、実は婆やに頼みがあり伺ったのです」

「頼みとは?」

「はい、実はこの子を治療士として育ててあげて欲しいのです」


 そう言うと、ユキノはプレセアの背後に回り、プレセアの両肩に手を置いた。


「プ、プレセアです。宜しくお願いします」


 挨拶をすると同時に、頭を下げた。


「ユキノ様。私が王宮治療士筆頭だったのは、十何年も前の事ですよ」

「はい、勿論知ってます」

「ユキノ様の最後の御願いと言う事ですかね……この歳になっても、ユキノ様に振り回されるとは思いませんでしたわ」


 エンヤは笑っていた。


「プレセアと言ったかね。ここで手伝いをしながら治療士として鍛えてあげるけど、本当にいいのかい?」

「は、はい。宜しくお願いします」


 治療士と言っても、スキルを覚えれば良いと言うものでも無いらしい。

 剣士であれば、スキルとは別に剣術等が必要なように、治療士も身体の仕組みや、怪我の具合で有効的な使い方を習う必要があるそうだ。

 この説明には俺も勉強になった。

 俺の場合は気にしなくても必ず全快になっていた。レベルの関係だろうと思う。


「ところで、ユキノ様も治療士になられたのですか?」

「いえ、私には才能が無いみたいです」

「……ユキノ様、もしかしてサブ職業を選択していないのでは無いですか?」

「えっ、どういう事です?」


 エンヤは「やっぱりか!」と言った顔をしていた。

 王族は生まれながらに称号がある為、メイン職業は『国王』や『王子』等の称号と同じになる特殊な職業らしい。

 但し、サブ職業は自分で選択出来るので、気に入った職業があれば職業に付く事が可能だ。

 エンヤの話だと、アスランはサブ職業に『剣士』と『商人』を幼い頃に選択して、強さと交渉術を習得しようとしていたそうだ。

 ルーカスからの教えでそうしたらしい。

 妹のヤヨイも『治療士』を選択して、騎士達の治療を出来る範囲でしていたそうだ。


「ユキノ様は相変わらず、ドジですね」

「もう、婆やったら! 私も、立派な大人ですよ!」


 ユキノは少し怒り気味に話すが、エンヤの話しぶりだとサブ職業を選択していないので、治療が出来ないでいるみたいだ。

 俺は【神眼】でユキノのステータスを見てみるが、メイン職業が【王女】でサブ職業は何も選択されていない。

 選択していなければスキルは使えないのは当然だ。

 思っていた以上に、ユキノは天然だった。

 ……なんだ、この称号は! 『聖女』だと?


 俺は【全知全能】に確認をする。

 『聖女』とは何かをだ。

 答えは数百年にひとり現れて、人々を救う救済者であり、治療系魔法の効果は格段に違うそうだ。

 ……今迄、完全に宝の持ち腐れだったという事になる。

 一応、ユキノが『聖女』になった理由を聞いてみると、俺と婚姻関係を結んだ為らしい。

 ということは、つい最近『聖女』になったという事になる。

 俺のせいで、ユキノの人生が狂ってしまったのかもしれないと思うと、申し訳ないと思った。

 ターセルも気が付いていると思うが、ステータスを確認していなかった事も考えられる。

 どちらにしろ、この事はいずれ分かる事なので、早めにルーカス達にも報告しておく事にするが婚姻関係が影響している為、とりあえずはルーカス以外への報告だけとする。


「ユキノ、サブ職業に治療士を選択すれば、治療系魔法は使えるぞ」

「タクト様。それくらい私も知っていますよ」

「……自分のステータスを見てみろ」

「はい」


 ユキノは自分のステータスを確認すると、恥ずかしそうに下を向き「申し訳御座いません」と俺とエンヤに謝る。

 ユキノに治療士を選択させる。

 とりあえず、俺はユキノのレベルを上げさせて、知識は王宮治療士達や【全知全能】で補う事にした。


「あ、あの少しいいですか?」


 ティオが遠慮がちに話をする。


「どうした?」

「僕もここで、働く事は出来ませんか?」


 ティオの発言にエンヤが答える。


「あんたも治療士希望なのかい?」

「いえ、違います。接客くらいしか出来ませんがお願いします」


 ティオは頭を下げる。

 多分、ティオはプレセアの事が心配なのだろう。

 今の俺には、そういった気持ちも理解が出来る。


「うちの店は確かに評判はいいから、人手は足りないのは確かだ。だけど、ふたり分の給料を払えるほど余裕はないんだよ」

「それなら、俺がふたり分の給料を払うぞ!」

「……それで、タクト様にはどんな見返りがあるんだい」

「無いな!」

「えっ!」

「あるとすれば、何年後かにティオやプレセアが立派な大人になっている事くらいだな」

「タクト様は、四葉商会の代表でしたよね?」

「あぁ、そうだ。儲けも大事だが、人を育てるのも大事な事だ」

「成程。ユキノ様が惚れるのも良く分かりましたわ」


 エンヤの言葉に、ユキノも嬉しそうだ。


「私からも条件を出させて貰って良いですかな?」

「あぁ、俺に出来る事ならな」

「この老婆も四葉商会で雇って貰えないですかね?」

「……なんでだ?」


 エンヤは、プレセアが最後の弟子になるかも知れない事も考慮して、天涯孤独な自分の世話をプレセアに頼みたい事と、自分が亡くなった際はこの店をプレセアに継がせると言う。

 そう考えると、プレセアは四葉商会の所属になるので、どうせなら自分の生きているうちに出来る事はしておきたいと理由を説明した。


「それは、気が早すぎないか?」

「途中で、この子が修行を投げ出せば、それはそれで運命って事だしね」

「私は、絶対に逃げ出したりはしません!」


 エンヤの言葉に、プレセアは力強く反論した。


「分かった。その提案を受け入れる。俺からも、ひとつ頼みを聞いて貰ってもいいか?」

「何ですか?」

「俺も、エンヤの事を婆やと呼んで良いか?」

「……えぇ、勿論ですとも」

「ありがとうな、婆や」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る