24 呆気ない結末

 ナリア達の話し声が止み、遠ざかる足音が聞こえてくる。話が終わったのかと、イサムは空を見上げていた視線を戻した。


 ユーラをこの場に残して、聖教会の三人が離れて立つ姿が目に入る。村から去るのではなく、彼らだけで今後の対応を相談しているようだ。

 それをイサムの隣にいるナリアと、放置されたユーラが眺めている。二人は共に黙ったままだ。只、ナリアは気負いを感じさせない一方で、ユーラには険しい雰囲気があった。

 また村人達は黙って待つのを止めたようで、話し声が聞こえてくる。長丁場となったことで、緊張感を保つのにも疲れたのかもしれない。目をやれば、疲れた表情を浮かべる村人の姿が散見できた。


「ラーメンさんがこちらに来ようとした時は、さすがに焦りました」

 不意にナリアがイサムに声を掛けてきた。


 ナリアと目が合うも返事をする気が起きず、イサムは視線を逸らした。


 子供のような対応だとは思ったが、どうしてもナリアと言葉を交わす気になれなかった。ナリアに対する不信感は高まり、その行動全てに裏があるように思えて仕方がない。


「大丈夫ですか?」

 ナリアはそんなイサムの内心を知ってか知らでか、心配したように言葉を続けてくる。


 ナリアの真意がわからない。イサムはそれを少しでも探ろうとナリアへ再び視線を向けてみた。その目つきは苛立ちから自然と厳しいものとなる。


 だが当のナリアは既にイサムを見ていない。窺えるのは聖教会の者を見るその横顔だけ。自然体を崩さないそこからは何も読み取ることができなかった。


「彼ら、来ますよ」

 聖教会の者から目を離さないまま、ナリアはそう口にする。


 何がおかしいのか、ナリアの口元は薄く笑みを刻んでいた。何も知らなければ魅力的なものに見えたかもしれないそれが、イサムには少し怖かった。


 近付いてくる足音に、イサムがナリアから視線を剥がして目を向ければ、狼顔の男が一人でこちらに歩いてくるところだった。


「待たせた」

 狼顔の男はナリアの前で止まると口を開く。

「我々はこの先の村に向かう。この場は任せることにした。カラトペまではまだ遠い。旅の無事を祈る」

 それが話の全てのようで、言い終えると他に話すことはないとばかりに男の口は閉ざされた。


 呆気ない結末に、イサムは唖然とした。波乱を望むわけではない。結果だけ思えば最良だ。けれどその結果を素直に受け入れられない。

 本当にこれで終わりなのか。この事態は部外者であるイサムとユーラを巻き込み、イサムに至っては人知れず覚悟を決めさせられたものだ。事前には村人達が時間を掛けて対応の相談もした。それがこんな簡単に終わることが、イサムには信じられなかった。


「アルド、あなた変わったわね」

「……昔のよしみで見逃した。次はない」

 事態を素直に受け入れられないイサムの脇で、ナリアが狼顔の男と言葉を交わす。


 その雰囲気は先ほどまでの会話とは明らかに違う。二人は口調を共に変えて、間に流れる空気は何処か気安さを感じさせられた。


 どうやら二人はお互いに面識があるようだ。もしかしたら友人なのかもしれない。そうなると、この騒動も最初から仕組まれていたのかと疑うも、イサムは即座に否定する。ここ数日を共に過ごして、ナリアにそんな素振りやそもそも手段がないことはわかっていた。

 恐らく知り合いだからこそ、この収束の早さになったのだ。ならば、どうして初対面の振りをしていたのかという疑問は残るのだが。


 アルドと呼ばれた狼顔の男はそれからすぐに踵を返した。しかし三歩ほど進むと足を止めて、体をそのままにユーラへ一瞬視線を向ける。


「ナリア、これ以上余計なことはしない方がいい」

「え?」


 アルドはナリアの疑問の声に答えない。そのまま前を向くと聖教会の二人と合流して、村の入口へ去っていく。


「知り合い?」

 ユーラがイサム達に歩み寄り、声を掛けてくる。

「……ええ、昔にちょっと」

 ナリアはユーラにそう答えながら、その視線で遠ざかるアルドの背中を追い続けていた。


 アルドが去ると、今度はガフがイサム達に寄ってくる。


「感謝すればいいのか」


 その声には安堵の色が濃い。だがイサム達、特にナリアへ向ける顔には困惑が浮かんでいた。


「まず村人達の非礼を詫びる。まさかあんなことをするとは……」

 ガフはそう言って、イサムとユーラに頭を下げた。


 ガフの後ろには村人達がいる。その表情は様々で、去り行く聖教会の者を見てほっとした表情を浮かべる者や、ユーラの姿に気まずい顔をする者がいた。

 そしてユーラを巻き込む発端となったペルトは、青い顔をしながら伏し目がちにイサム達の方を窺っていた。


「だが、こんな事態にならずに済む方法もあったんじゃないか」


 頭を上げたガフはナリアへ問うような視線を向けていた。


 ナリアの行動に疑問を持つのは当然だ。だが救われたのは事実であり、問い詰める立場にないことがわかっているのか、ガフはそれ以上言葉にしない。


「そうかもしれません。まぁでも、もう過ぎたことです。言っても仕方ないでしょう」


 その言葉に振り回した人々に対する謝意は欠片もない。あくまであの展開に自身は関与していないと主張するようだった。


「私の同行者と村人の皆さんの間にしこりが残ったかもしれません。けれど村人に犠牲はでませんでした。これ以上は高望みではないですか」

 ナリアの諭すような物言いは続き、ガフは黙ってそれを聞いていた。


 代替案を出せなかった時点で、ナリアに対して物言う資格はイサムやユーラにもない。

 しかし力の出し惜しみがあったとするならば不満も出てくる。それはナリア自身の評価に繋がることが、ナリアにわからないはずがない。


 ユーラや幾人の村人が呆れたようにナリアを見ている。

 青い顔をしていたペルトは、ナリアの言葉に衝撃を受けて放心しているようだった。


 ナリアの言葉や行動には疑問符の付くものが多かった。それでもイサムは心の何処かに信じたいという気持ちを持っていた。ナリアがペルトのことで真剣に悩んでいた姿を知っているからだ。


 考え込むイサムの首元で、蛇が我関せずといった体で身じろいだ。その存在に、イサムは先ほどの覚悟を思い出した。そして肩に入っていた力が抜ける。


 イサムが抱えるその気持ちすらも、ナリアに誘導されたものだとしたら。そんな疑念がちらつくが、それならそれで仕方がないとも思えた。自身は何もせず、それでいて事態を切り抜けることができたのだから、これ以上はナリアの言う通り高望みだ。


 ナリアは皆の注目を浴びても動じておらず、その様子にイサムが受ける印象も変わらない。


 皆に望まれた結果を出したのだ。それだけで本来十分信用に値する。けれど人を信じるということがこんなに難しいことだと、イサムは思ってもいなかった。

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