12 村での日々
会談が終わると、ガフはイサム達に村の滞在の許可を出すことになった。
それはナリアによる村への強引な立ち入りといった行動の結果だ。イサムとユーラはガフの許可に後ろめたさを感じたが、旅の疲れもあって結局は村に逗留を決めた。
そうして始まった村での日々はイサム達がゆっくりする間もなく、気が付けば既に数日が経過していた。
今日もナリアは忙しそうに村の中を回っている。
この村を訪れたその日、ガフの家から連れ出されたナリアを待っていたのは、体をぼろぼろにした村人達だった。
巡礼路を進む聖職者や修道士の数は少ない。また村を訪れる彼らが法術を使えるかどうかはわからない。さらに村は昨今、来訪者を拒絶していた。
村に薬草の知識がないわけではない。実際、打ち身や捻挫には薬草による湿布で治療が行われていた。つまり体調を崩している村人は、それでは治療が間に合わない人達だった。
骨折や骨折が変形治癒してしまった人、熱が下がらない人、体の一部がずっと痛みを持つ人など。外科、内科を問わず痛みに苦しむ人間が法術師であるナリアに縋ったのだ。
ナリアはその人達を見捨てようとはしなかった。しかし滞在を許可されていない中で、村長の意向を無視して勝手に治療することもできず、判断を村長であるガフに求めた。
村では最近、祭りや狩りの制限という村長の指示に、ガフに対する不平不満が溜まっていた。また村での事情を全て話したことで、ガフがナリアを追い返す理由もなくなっていた。そうなるとガフは村長として、ナリアに滞在と治療の許可を出す他なかったのだ。
ナリアの滞在が認められると、その同行者としてイサムとユーラの滞在も認められた。
イサム達二人とナリアとの同行しているだけの関係を、どうやらガフは勘違いしているようだった。だがそれを訂正して滞在許可が取り消されても面倒だと、イサムとユーラはそれを黙って受け入れていた。
ナリアが村を回って治療をしている中、二人も遊び呆けているわけにはいかない。
滞在する数日、ユーラは魔術を活かして狩りの手伝いを、イサムはその狩りの成果である獲物を村の人達と一緒に捌いていた。
そうして過ごす村での日々は平和だった。
シーナとペルトの件があった以後、村には特に問題は起きなかったが、いくつかの変化はあった。
ガフはまず子供にも村からの外出制限を課した。それと同時に不満を逸らすために、夕方から行われている狩りへの同行を許可した。
これには狩りの時間を制限されている猟師が、子供の面倒を見せられることでより不平不満を募らせるかと思われたが、そうはならなかった。
この村の子供は程度の差はあるが、半数ほどが獣化病を患っている。その身体能力は十代半ばまでになると、村の猟師を凌駕するほどだ。そして何より夜目が利く。経験のなさを猟師が補い、子供達が獲物を探すことで狩りの効率は上がった。
ガフがその許可を出すにあたってはユーラの存在が大きかった。前例のないことではあったが、獣化病について詳しく、それに加えてシーナ達の件で十分な力を持つことが知られたユーラが同行することで、ガフのみならず村人達が安心したのだ。
勿論それが決まると、シーナも狩りに同行した。
だがシーナと共に行動すると思われたペルトは、子供達の多くが狩りに外へと出て行く中、村に残った。鼠に襲われたことが心の傷になっているのかとイサム達は心配したが、そういうわけではないとペルトは否定した。
村に残ったペルトはナリアが村人の家を回るのを案内し、その手伝いを買って出ていた。そして手伝いをしていない時でも、その視線はいつもナリアを追い掛けていた。
時折、狩りへと出掛けるシーナがナリアの手伝いをするペルトを寂しそうに見ていることに、ペルトは気付いていないようだった。
村に来てから四日目。
その日の夜もイサムは村の入口の近くで、猟師達と狩りに出たユーラの帰りを待っていた。
ユーラと繋がった魔力糸が、ぼんやりと森の中にいるその存在をイサムに伝えてくる。今日の狩りは遠出だったようでユーラとの距離が大分離れたのを感じたが、魔力糸の繋がりは一向に途切れそうな気配を見せなかった。
体が魔力に慣れたのか、イサムはそれを感じることができるようになっていた。異界に来てからの自身の体の変化を、イサムは便利だと思いつつも持て余していた。日本に戻れば使い道のないことが目に見えている。
イサムの予定は今日もユーラ達が持ち帰った獲物を捌くことになっている。
遠出するとユーラからは聞いており、収獲は大量であることが予想できた。イサムは成果を期待しながら、なるべく面倒が少ないようにとも願っていた。
入口傍の柵に背中を預けて、イサムはぼんやりと村の様子を眺めた。その足元では蛇が昨日捌いた肉を美味しそうに食べている。
この村に来てから、すっかり生活が夜型になった。ナリアが村人の治療を終えるのも、もう幾日も掛からないだろう。近くなる出発の日に合わせて、生活を元に戻す必要がある。
村の様子を眺めながら、イサムはのんびりとこれからのことを考えていた。するとその目に、一人とぼとぼと歩くペルトの姿が映った。
ペルトもイサムに気付いたようで、軽く頭を下げると傍へやって来る。
「こんばんは。今日はナリアと一緒じゃないのか」
「……どうも」
それだけ言うと、ペルトはイサムの隣で同じように柵に背中を預けた。
「……僕は教会に入りたいんです」
「知ってる」
「ナリアさんが出発する時、一緒に連れて行ってくださいとお願いしたんです。でも駄目だって……」
「へぇ」
唐突に切り出してきたペルトの言葉だったが、イサムに驚きはなかった。
只、イサムはペルトの行動の早さに感心していた。家族と離れる決断はペルトにとっても軽々しいものではないだろう。思い付きではないそれを断られたことで、その落胆も一入のようだ。
「ナリアさんが駄目でも、ラーメンさん達に付いて行くことはできますか?」
そしてこの粘りだ。機会を逃すまいと食い下がる姿には、年下ながら素直に見習いたいとイサムは思った。
「それは構わないが……。ペルトは何で教会に入りたいんだ?」
「教会に入りたいというよりも、法術が使えるようになりたいんです。皆の足手まといになりたくない」
「誰もそんなこと言っていないだろう」
ペルトの村での様子は特別浮いたものではなかった。子供達は獣化病に関係なく過ごしており、ペルトもシーナや他の友人と仲良さそうに遊んでいる姿をイサムは度々見掛けていた。
「皆優しいから……。僕はこのままじゃ何もできない」
そう言葉を続けるとペルトは体の向きを変え、シーナや他の子供達が向かった森へ視線を向けた。その目は遠い。
「ラーメンさん知ってますか? 僕の友達は、もう僕の父さんと同じくらい狩りが上手いんです」
ペルトの父親であるイングはこの村でもそれなりの猟師らしい。
そのイングが村の子供と狩りに行って帰ってくるなり、家族の前で寂しそうにそう愚痴をこぼした。
猟師の中には獣化病を患う者も既にいた。その者はやはり他の者より頭一つ抜けた成果を上げている。そして子供が狩りに同行するようになると、子供ですら獣化病であればそうなのかと、改めてその身体能力の高さが多くの村人の知るところになった。
子供達の中では既に常識で、ペルトもシーナと遊んでいる中でそれに気が付いていた。その時からペルトはイングから狩りの技術を学ぶ機会を段々と減らして、そして止めたのだった。
「父さんがそう言ったら、僕にはもう無理じゃないですか」
この村では基本的に子供は親の仕事を引き継ぐことになっている。
ペルトは心の何処かで、イングが獣化病の子供を大したことはないと言ってくれることを願っていたのかもしれない。
「僕は、僕にしかできないことをやりたいんです」
一度折られた自分の将来に、希望を持って臨むペルトの言葉がイサムにはとても眩しかった。
イサムがどう返そうかと言葉を探していると、森の中から村に向かってくる人影がある。ユーラ達が狩りを終えて戻ってきたのだ。
「それじゃあ僕は帰ります」
ペルトはそれに気付くと身を翻した。
「ラーメンさん、一緒に行くこと考えといてくださいね」
それだけ言い残して、ペルトは村の奥へと去っていった。
ペルトと入れ替わるように、ユーラ達が村の入口からやって来た。
「おかえり」
「ただいま」
寄ってきたユーラに声を掛ける。漂う血の臭いは濃く、今日も大猟のようだ。
「ラーメンさん、エビチリさんってやっぱり凄いんですね」
そう言いながら一緒に狩りから戻ってきたシーナがやって来る。イサム達に話し掛けながらも、その視線は誰かを探してきょろきょろと忙しなく動く。
「伊達に魔術師やってるわけじゃないわ」
シーナの言葉に、ユーラは満足そうだった。
シーナはユーラに愛想笑いを返すと、視線を動かすのを止めて口を開く。
「あの、ペルトは?」
「帰ったよ。なんか用があるみたいだった」
「そうですか……」
イサムが人影としか確認できなかった距離で、シーナは誰がいるかまで把握していたようだ。恐らくユーラもそうだろう。差をまざまざと見せ付けられると嫉妬すらできない。イサムはペルトの気持ちが少しわかった気がした。
ペルトがいないとわかると残念そうな顔をするシーナの様子を、ユーラは微笑ましそうに見ている。
それに対して、イサムには何とも言えない表情を浮かべることしかできなかった。
もしシーナが、自分の慕う相手が村から出て行こうとしていると知ったら、一体どうするのか。シーナの様子を見ながら、イサムの頭にはペルトの落胆していた様子がちらついていた。
「ラーメンさーん!」
村の中からイサムに対して声が掛かる。
イサム達が話し込んでいる間に、獲物は村の中まで運ばれていた。
「呼ばれてるわよ」
「わかってる」
ユーラに促されると思考を中断して、イサムは仕事をするために小走りで呼ばれた方へ向かった。
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