11 村の事情(3)

「こちらの二人は私の同行者の魔術師です」


 ナリアの紹介に、ガフは緊張した面持ちでイサムとユーラを見てくる。


「エビチリです」

「……ラーメンです」


 机越しにガフと握手をするユーラとイサム。


 ユーラはガフに笑顔を向けて、少し前まで言い合いしていたことをまるで感じさせない。

 一方のイサムは、名乗りの恥ずかしさに顔を赤くしながら握手をした。その際、首元の蛇がイサムの代わりのようにガフを睨み付けて、ガフの顔はイサムとは対照的に青くなっていた。


 イサム達は畑で騒動に決着が見えた後、ガフの家を訪れていた。


 村長の家だけあってか、石材も使われてしっかり組まれているその家は木造の掘っ立て小屋と大きく違い、平屋ではあるが立派なものだった。恐らく村に訪れた商人との商談や、来訪者の対応はここで行うのだろう。

 その家の入口側の一室で、三人は用意された椅子に腰掛けながら、ガフと机を挟んで対面している。

 家の中には先に戻ったはずのシーナの姿は見えなかった。家の奥に引っ込んで寝ているのかもしれない。


「どうして祭りは中止になったんですか? それに狩りまで……」

 ユーラがガフへと問い掛ける。


 ユーラとナリアは、シーナとペルトが襲われた森での出来事をガフに語り、またそうするに至った二人の経緯も話した。

 イサム達がガフの家に招かれた理由は村長として村の周辺で何が起きたのかを把握したいと、ガフが申し出たことによるものだ。だが話を聞くガフの態度は村長というよりもむしろ子を心配する親のものだった。

 イサムはその様子を見ながら、先ほどのあれは村人の手前あのようにするしかなかったのだと納得した。また親よりも村長としての責務を全うしようとするガフを知って、その評価を改めた。

 そうしてユーラは出来事のあらましを話し終えると、そのきっかけとなった村長の決定についてガフへ尋ねたのだ。


「それは……」

「今更隠すことなんて、もう何もないでしょう」

 口を噤むガフに、ナリアはそう言って続きを促していく。


 その言葉にガフはユーラをちらりと見ると、言い辛そうにしながらも口を開いた。


「亜人狩りの噂が流れている」

「亜人?」

「獣化病の罹患者のことよ」

 亜人という言葉に顔をしかめたユーラがイサムの疑問の声に答えた。


 ユーラの反応から、亜人という言葉が蔑称として使われているのだろうと想像できる。人が集まるとやることは何処の世界も変わらないのか。この世界に来て初めて人のどろどろとした部分を意識させられて、社会から隔離された森の中が長かったせいか、何となく異界はそんなことに縁のない世界だと思っていたイサムは少し落胆した。


「街道沿いの村で教会に次々と連行されている。そんな噂がこちらにも聞こえてきている」

 ガフがそう口にすると、ナリアに全員の視線が集中する。


 ナリアは本当に知らないようで、軽く目を見開くと首を振った。


「あっちはまだ人の行き交いがある。商売でもやっていけるだろう。でもこっちでそんなことが起きたら……。あんた達も巡礼路を来たなら見ただろう。人の減った村がどうなるのか」


 巡礼路沿いの村に獣化病が流行り出したのは、最近のことではない。

 三十年前ほどから多くの村でちらほらと罹患者が現れて、最初は無知から感染を恐れて村の外に隔離した。しばらくすると聖教会の治療を期待して、巡礼路を進む修道士に託すようになった。しかし治療に向かった村人は、どの村でも只の一人も帰ってくることはなかった。

 そうして若者が村から消えていった。その後も獣化病の罹患者は爆発的に増えることはないものの、じわじわと増えては村から去っていき、村には老いた者ばかりが目立つようになった。

 それは四方を森に囲まれた村においては致命的だった。森の中に人の力で切り拓いた勢力圏を維持することができず、次第に村は森に飲まれて自然の形へと戻っていく。そうして多くの村が廃村となったのだ。

 それから村は在り方を変えた。

 獣化病に感染力がないことがわかると、罹患者をそのまま村人として残すことにしたのだ。最早それしか取る道はなかった。今、巡礼路沿い残る村は例外なくその方向に舵を切った村である。元々村で暮らしていた者であり、いざ共存するとなっても大きな問題はない。むしろ普通の人より力も強く五感も鋭いようで、頼りになる人材としてそれはすぐに受け入れられた。


 この村もシーナだけではなく、多くの獣化病の罹患者を抱えている。その人数はここ五年でさらに増えた。彼らを失えば、村は今後立ち行かなくなる。


「今、街道の方に人を遣って、噂が本当か確かめている。それまでは何処の村も亜人、いや、獣化病の村民は隠すことになった。外の者の訪問も断っている。うちの例外は先代の頃から付き合いのある商人だけだ。信用できる人間でないと受け入れられない」

「だから狩りも?」

「ああ。夕方から夜間に掛けての、人目に付かない時間だけで頼んでいる。やはり成果に影響はあるようだが、それは仕方ないだろう。……こんな状況で祭りなんてできるわけがない」

「この話、村民は知っているんですか?」

「教えるわけないだろう! 不満を感じさせているのはわかっている。だがそれでも村長として皆を不安にさせることはできない」

「でも、もし噂が本当だったら、どうするんですか?」

 ユーラの続けられた質問に、ガフは息を詰まらせて黙った。


 部屋の中に気まずい沈黙が流れる。


 誰もが口を開こうとしない中、その静寂はずっと続くように思えた。しかし訪問者が来たのだろう、家の扉の叩かれる音がすぐにそれを破った。

 しばらくその訪問者を無視していたガフだったが、音は激しさを増すばかりで鳴り止まない。


「おい! 誰かいないのか!?」


 他の家族は不在なのか、誰も来客の対応をせず、ガフは渋々と立ち上がった。


「そんな噂、嘘だと思っている。大方、教会に恨みを持つ誰かが言い触らしたのだろう。そもそも教会がそんなこと、何のためにするんだ?」

 ユーラの先ほどの質問に苦しそうに返すと、ガフは玄関の扉へと向かった。

「おい、開けるぞ」


 ガフの声に扉を叩く音は止んだ。

 扉を開けると、そこには何人かの中年の女性が立っている。


「村長さん、聞いたよ! 村に法術師の先生が来てるんだろ。どうして隠すのさ」

「うちの旦那が怪我してるの知ってるだろ!」

「うちは子供が寝込んでるんだよ。早く出しておくれ!」

 矢継ぎ早の声に、ガフの家は途端に喧騒に包まれた。

「ちょっと待ってくれ。一体誰にその話聞いたんだ?」

「イングさんとこだよ。あそこの息子が大怪我したのを治してもらったって、あんたの娘も言ってたよ。さあ、早く皆に紹介しておくれ」

 話してもガフが動かないと見ると、女達は口々に忙しく自分の家の事情を語り出した。


 ガフと女達のやり取りを見ていたイサムだが、その声は重なって何を言っているのかよくわからない。

 女達は話しながらもガフの家の中を覗き込んでいる。そしてガフの向こうにいるイサム達の姿に気付いたようで、その視線を合わせてきた。

 イサム達はどうしたものかと思いつつ、その視線に会釈を返すと、女の一人がガフの脇をすり抜けて、イサム達のところまでやって来る。それを追うようにガフもこちらへ戻って来た。


「あなたが教会の人?」

「自分は違います」

 イサムは女の勢いに押されながらも、そう答えた。

「あなた?」

「私でもないですね」

 ユーラも勢いに押されつつも笑いながら、そう返す。

「なら、あなたね!」

「聖教会の修道士、ナリアと申します」

 ナリアは笑みを作りながら一礼した。

「皆待ってるわ! 一緒に行きましょう!」

 女はそう言うなり、ナリアを立たせると背中を押して家の玄関へ向かった。

「おい! まだ俺が話してる途中だ!」

 ガフの声が家の中に空しく響く。


 既に女とナリアは外へ出ていき、あれだけいた女達も玄関から姿を消していた。

 残されたイサムとユーラは村の女達の行動の早さに、只々呆気に取られていた。

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