10 村の事情(2)

 そこからはしばらく押し問答が続いた。


 ナリアが村に入れろと主張すれば、ガフが最早理由を説明することなく突っぱねる。強引に立ち入ろうとすれば、ガフのみならずバゴやペルトの両親、そしてこの喧騒に他の村人達も集まって事態を確認するや、皆で並んでナリアを村の中には入れさせまいとする。その繰り返しだった。


「いい加減諦めて、道を進むなり他所の村へ行くなりしたらどうだ……」

 ガフがナリアへ掛ける声には疲労の色が濃い。


 イサム達が来る前も何やら揉めていた村だ。続けての騒動に村長の心労は相当なものだろう。だが最初の喧噪では二手に分かれて対立しているようだった村人達は、今や一致団結してナリア、聖教会の介入を拒否している。

 対立したり、団結したりと忙しい人達だとイサムはのん気に思っていた。しかし事態が長引くにつれて村人達の間には物騒な雰囲気が漂い始める。イサムは自分に飛び火してきた村人の睨み付けるような視線に、あまり悠長なことを考えてはいられないと思い直して、緊張から肩に食い込むリュックサックのベルトを軽く握った。


「結局、麦なんですか? それとも稲ですか?」

 ナリアは村人達の顔をぐるりと見回すと村長に向き直り、そう切り出した。


 その言葉が聞こえた途端、村人の一部が殺気立った。それを村長が慌てて手で押し留める。

 その反応だけでナリアの問い掛けが核心をついたものだとイサムにもわかった。その核心がいまだ見えず、話についていくことはできないのだが。


「……うちの村は稲だ」

 絞り出すような声でそう口にすると、ガフは地面に膝を付く。


 直後、村長の言葉を取り消さんばかりに、村人達が声を張って騒ぎ出した。


「頼む。見逃してくれ」

 それでもガフはそう言葉を続けて、額を地面に擦り付けた。


 ガフの行動に村人達は一層殺気を募らせた。イサム達を見据えるその目には臆病な人間が覚悟を決めてしまった時の、後先を考えない無謀さが見て取れた。

 シーナは自分の恩人が父親に土下座をさせている現状に困惑した表情を浮かべ、その視線はガフとナリアの姿を行ったり来たりしていた。


「村長、頭を上げてください」

「相手は三人だ。黙らせればいい!」

「そうだ! 俺達は忠告したんだ!」

 幾人かの村人が口々に声を上げて、他の村人を煽るように見回していく。


 村人の怒号に見守っていたユーラは手に持つポールを強く握り込み、身構えた。


「黙れっ!」

 しかしガフは村人のそんな声にも耳を貸さず、一喝した。そして顔を上げると、返答を待つようにナリアを見た。


 ナリアはガフや村人の言動に気圧されることはなく、静かにそのやり取りを窺っていた。そしてガフの一喝に村人達が黙ると、その口を開く。


「私の出身の村もこの森の中にあります。巡礼路沿いの村の現状はわかっているつもりです」


 ナリアの言葉に、村人はほっとした顔を見せる者と怪訝そうな表情をする者に分かれた。


「まずは畑を見せてください。話はそれからです」

 続けられた言葉に、ガフは立ち上がると重々しく頷いた。


 ガフの先導でイサム達は村の中へと進んだ。


 この世界の標準を知るわけではないが、イサムには村の中に特別変わった様子は見受けられなかった。強いて挙げるならば、入口での一悶着で姿を現した村人以外、家に篭もっているのか人の姿がないことだ。まさか夜行性ということはあるまい。

 シーナとペルトは村の中まで来ると、自分の家へとそれぞれ帰っていった。別れる際、二人はイサム達を心配そうに見ていたが、ユーラとナリアが笑顔で見送ると安心したようだった。


 村の中へ入れたことで、イサムは久々整った環境で寝食を取れるかと若干期待したが、すぐにその考えを消して表情を引き締めた。ガフに連れられたイサムを含む一団は無言で歩いている。そんなことを考えているのはイサムだけのようだった。

 ユーラとナリアは依然として真剣な表情で、またイサム達の後ろには逃げることを許さないとばかりにぞろぞろと付いて来る村人達がいる。この騒動の終わりがいまだ見えない。


 そもそも何の騒動に巻き込まれているのだろうか。

 最初にイサムが懸念していたのは、シーナとペルトについてあらぬ誤解を招いて村人達から非難されることだった。村の喧騒も二人が戻ると止んだことから、いなくなった二人の対応で揉めていたのだろうと想像していたのだ。

 だが今のこの状況はそれとは全く別のものだとしかイサムには思えなかった。ナリアが前面に出たことで、関係のない揉め事に巻き込まれている。これならばガフの言う通り、先を急いだ方が良かったのではないか。

 結果としてイサム達は村の中に入ることができたが、ナリアに上手いこと使われた気がしてならなかった。


 ガフに付いて村の中を進んでいくと、イサム達は入口とは反対側に当たる村の裏手まで辿り着いた。

 村は裏手にもきっちりと柵が設置してあり、その向こうには森が広がるばかりだ。ガフは構わず柵に近付くと、ある柵に手を掛けて押していく。ガフに力を込めた様子はないままに、柵は押されるがままに扉のように開いた。それは村の隠された裏口だった。

 ガフは一言も発することなく、裏口を抜けると森の中へ歩みを進めた。


 ナリアの求めた畑が村の中にあるとイサムは思っていた。森の奥へ進むにつれて緊張感が高まる。先ほどの殺気立った村人の言葉が思い出された。隠しているものを暴く行為に、後ろを歩く村人達に襲われるのではないかと不安になる。


 そんなイサムの緊張を余所に、周りの歩みは止まらない。

 そのまましばらくして、イサム達の視界が森の切れ間を捉えた。


 人の拓いた土地がある。それを示すように真新しい切り株がちらほらと見えた。その土地にはイサム達の視界いっぱいに畑が広がっている。

 まだ青々としているが実を付けて頭を下げているそれは、ガフの言うとおり稲のようだ。水田のように水を張ってはおらず、ただの地面から生えているそれは陸稲なのだろう。

 元々はここに生えている木を木材として伐採して、平野部の街へ輸出していた。その伐採して出来た跡地に、こうして畑を作ったそうだ。


「こんな立派な……」

「街道が出来てから村の商売は衰退する一方だ。もう穀物を買えるほどの金など村にはない。村の大きさを見ただろう。自分達で食う分でもこれだけ必要なんだ」


 かなりの規模の畑を前にナリアとガフが会話を続ける中、イサムは隣のユーラの袖を引いた。


『勝手に作ったらまずいの?』

 話の流れから予想してみたもののいまいち信じられず、ユーラに小声で問い掛ける。

『キョウカイのキョカがいる』

 作物の密栽培は違法だと、ユーラはそう返してきた。


 この世界の食糧事情が悪いことをイサムはユーラに聞いていた。それでいて作物を作るのが聖教会の許可制だと聞くと、それが食糧事情の悪い原因の一つだとしか思えない。ナリアの話から想像していた、教育と医療を司る聖教会の姿とはかけ離れたものに感じられる。何か理由があってのことなのだろうか。


「売るために作っているわけではないのなら、私から言うことはありません。但し、これで教会から許可を貰えたとは思わないでくださいね」

 ナリアは付いて来た村人全員を見渡しながら、言い聞かせるようにそう口にした。


 その言葉に村人達は胸を撫で下ろして、ガフは頭を下げるとなかなかその頭を上げなかった。


 イサムは聖教会の活動に矛盾を感じつつ、またナリアの行動にも矛盾を感じた。私は見逃すから、次はばれないように。厳しい規制を敷いているわりに、そう忠告するに留まる対応は緩すぎる。ナリアに思うところがあるせいか、聖教会とナリアに対して釈然としない気持ちを抱かずにはいられなかった。

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