LIAR――嘘吐きの貴方へ。

紗斗

貴方という人


 付き合って八年になる最愛の貴方へ。


 そんな貴方に伝えたいことがあります。




 ♡




 八年前。まだ学生で恋愛のれの字も経験したことのない私は貴方に恋をしました。


 貴方は学生にしては落ち着いていて人当たりが良く、学校中から人気のある人でした。運動神経も成績も良く、何をやっても簡単にこなしてしまうような人で、それでいてそれを着飾らない。そんな所謂いわゆる完璧な貴方が、長所なんてまるでない私の告白を頷いてくれた時、私はその場で飛び上がってしまいたいくらいに幸せだったのを覚えています。



 付き合ってすぐはあまりお話できませんでしたね。それは内向的な性格をしていた私に原因があったのですが、そんな私に何度も声をかけ、気を遣ってくれた貴方。私の逃げ惑う後ろ姿を、貴方はどんな想いで見ていたのでしょうか。もし心配や不快感を感じていたのなら本当にごめんなさい。


 その時の私は好きな貴方と付き合えたことに気持ちが浮ついていました。なんせ私にとっては初めての好きな人で、初めての恋人だったのです。私が感じていた幸福は貴方も感じ取れる程のもので「幸せそうだね」と微笑む貴方の表情は、いつでも思い出せるほどに記憶に焼きついています。



 しばらくして貴方と初めて出掛けました。世間一般的にデートと呼ばれるもので、貴方をがっかりさせたくなくて精一杯お洒落をしました。夜遅くまでどの服がいいかと考えていたので疲れていましたが、貴方が「可愛いね」と言ってくれたことで疲労がまるで最初から無かったかのように吹き飛んだこともありました。


 貴方はとても優しい人でした。気づけば決まって歩道の車道側を歩いてくれていましたね。いつの間にかお洒落なレストランを予約していて、レストランの奥側に座ることを促してくれたことも、大人となった今になって貴方の優しさに気づくばかりです。


 デートの帰り、天候は雨。貴方が持参していた折り畳み傘に入れてもらいました。家まで送ってもらうまで小さな折り畳み傘でも窮屈に感じなかったのは、貴方の肩が雨に濡れていたことで納得しました。


 貴方の優しさに、泣きそうになる日々でした。貴方は私に尽くしてくれているのに、私は貴方に何もできないまま時は過ぎましたね。



 ある日、貴方と大喧嘩をしたことがありましたね。今思えば、貴方と喧嘩したのはあれが最初で最後かもしれません。貴方が艶のある長い黒髪に綺麗な顔立ちをしている後輩の女の子に言い寄られているのを見て、私は自分勝手にうとんでいました。


 私は酷く嫉妬深くて独占欲の強く、嫌な女でした。学校中に人気のある貴方のことです。女の子に話しかけられることも多々あって、その度に私は不満に思いながらも胸に秘めていました。


 やがて器から溢れるように積み重なり、壊れてしまったのは貴方が後輩の女の子に告白されているのを見てしまった時でした。貴方から送られてくる数々のメッセージを無視し、声をかけてくれた貴方を突き放してしまう日々でした。


 私はバイトに明け暮れていました。それは思い浮かんでくる貴方の顔を思い出したくないが為で、貴方を遠ざけてしまいました。


 一人でいると、貴方のことばかり考えてしまうのです。貴方のことばかり、思ってしまうのです。貴方と一緒にいると眠くなってしまう理由を考えたり、貴方がなんで私を好きになってくれたのか、と考える日々でもありました。


 前者は貴方といると安心してしまうからで、後者の答えは未だに分かりません。


 そんな日々を過ごし、貴方が掴んでくれている私の手を離してしまうのではないかと不安になりました。結果として私が無視していたメッセージを返して、貴方に無視していた理由を話したことで仲直りしましたね。あの時、貴方が私の家まで訪れて「心配させないでよ」と泣いてくれたのを今でも忘れられません。



 本当に幸せな人生でした。幸せで、幸せで、ずっと心の満たされる日々でした。貴方と一緒にいられて良かった、と。貴方と付き合えて良かった、と。心の底からそう思える日々でした。





 しかし、いつからでしょうか。貴方に違和感を覚え始めたのは。





 貴方のメッセージを、待ち望むようになったのは。

 貴方の歩幅に、合わせるようになったのは。

 貴方と、会う頻度が少なくなったのは。

 貴方と、話す頻度が少なくなったのは。


 貴方の隣で、眠れなくなってしまったのは。




 ♥



 街で大好きな貴方の後ろ姿を見つけました。ちょっとした癖っ毛が愛らしく、猫背で赤色の服装が大好きな貴方の姿。


 隣には純白の綺麗なワンピースにの女性の姿。貴方の手を取り、幸せそうに貴方を見上げるの女性。



 あぁ、違和感とはこういうことだったんだね。



「ねぇ――」


 付き合って八年になる最愛の貴方へ。


 そんな貴方に伝えたいことがあります。




「――別れよっか」




 私は、目を覚ましたのです。貴方という愛の罠から。





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