第3話 メア

真っ白い壁の建物が、町の外れにあった。


ナルミは静かに青いペンキ塗りのドアを開けて、中に入った。貝殻で出来たウィンドチャイムが、カラカラと鳴った。


「ただいま。」


ナルミはそっと言った。

部屋の奥にいる人をできるだけ邪魔しないように。


奥のテーブルで、なにやら作業をしていた女性は、すっと頭を上げ、ナルミを見て、

「お帰り」

と言った。


今日は気づいた。


ナルミの心は嬉しさと罪悪感の狭間にあった。


彼女はメア。

ナルミの最も好きな人だ。


メアはいつもナルミが帰って来るとき、何らかの作業に没頭しているか寝ているかのどちらかだ。 メアが起きていても「お帰り」を言ってもらえないことはしばしばだ。それでもナルミはかまわなかった。メアが集中していることの方が大事だった。


メアは今日、ミシンで服を作っている。すいすいと動く手の動きは魔法みたいだ。実際魔法も使えると思うのだが。


彼女の職業は何かと聞かれると、答えることは難しかった。ものを作ってわずかなお金を稼いでいると思えば、しばらくふらっと何処かへ言って、大金を持って帰ってくることもあるからだ。

また、ナルミには一流の教師よりずっとわかりやすく勉強を教えることも出来るのに、小さな子供の相手をするのは嫌がったりした。



そんなメアはいつもナルミにやさしかったけれど、こわいところもあった。でもそれは、ナルミが多くの「まともな」人に対して抱く「こわさ」とは違った。

メアのこわさは良い「こわさ」だ。


メアはいつも静かなのだ。何を言っても静かに微笑んで、滅多なことでは大声をあげない。それでいて弱そうなところは全然無くて、男だって負けてしまいそうな凄みを持っている。


メアはナルミがこんなことを考えているとはつゆとも知らずに、毎日一緒に暮らしている。


―ずっと一緒にいられたらいいのにな。


ナルミはそんな願いを胸に抱いていた。




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