第25話 ホントの話

 みどりは広い湖の淵に立って、ケルピーの首筋を撫でていた。

「いやあ、よく懐いていますね、そのケルピーは」

 バケツの中にたくさんの餌を入れて抱えてきた若い男はみどりにそう言った。


 ここは、広い魔界生物保護施設の敷地内だった。みどりとレオンは、戦いの後、あのケルピーの様子を見にやってきていたのだった。

「オリビン、来たとこ悪いけど、少し外してくれないか」

 レオンがそういうと、オリビンと呼ばれた男は、バケツを置いて何も言わず微笑んで去った。


「天河石がお前を呼んだのは、このケルピーのせいだな」

 レオンがボソッとつぶやいた。

 えっとみどりが呟くと、レオンは説明した。

「ケルピーを落ち着かせた匂いだよ。きっと、あの匂い、水晶玉からも発されてたに違いない。すみれは呼ばれなかったから」

 レオンはバケツから餌を取り出してケルピーに食べさせた。

「だとしても、なんで?」

「なんでってお前、ケルピーを落ち着かせるほどの力だぞ。それも人間界からきたばかりの娘がだ。いくら目をつけていたとはいえ、興味わくに決まってんだろ」

「でも、それで宮の居所を知られてしまうなんて間抜けな頭領だね」

 みどりは、なんとはなしに言った。

 そう、あのみどりをひき込んだ黒い闇がヒントになり、敵のアジトの位置をしるすべとなったと、あとで海王石、ドゼ、すみれ、金剛石に聞いた。金剛石というのは、女王の名だ。海王石がドゼに緊急連絡として位置を知らせ、ドゼが早急に海王石と一緒に元の時間に戻ってきて、王宮と天河石の宮に異空間の通路を繋がなければ、全員が宮に集結することはできず、今回のことはなし得なかったのだ。

「ていうか、初めからドゼさんが仕切ればうまく行ってたんじゃないの?」

 みどりはレオンに言った。

「そう言うわけにもいかないんだよ。俺たちは神じゃないから。どうしてもアジトの場所を知る必要があった。やっぱりお前が、鍵だったんだ。」

とレオンが遠くを見ながら言った。

「何もしてないけどね」

とみどりが言うと、

「そう言って謙遜するなよ、クセになるぞ。お前、天河石の前でよく耐えたな。偉いよ」

レオンが真面目な顔で言って、みどりの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「ドゼさん、今回こっちに来てたけど、領事館ほっといて大丈夫だったの?」

 みどりは聞いた。

「ああ、ドゼの弟に任せて来たって言ってたぞ」

 レオンが、少し不満そうな顔で言った。

「まあ、レオンさんもいなかったんだからしょうがないよね」

「何がしょうがないだよ?」

 みどりは少し笑いながら

「なんでもない」

と言った。

 きっとレオンはドゼに今まで領事の仕事をほとんど任せられていたに違いない。それを今回、領事の仕事を新入りの弟に取られてしまって悔しがっているのは明らかだった。

「今回の件では、圧倒的に領事の仕事よりこっちが大事だっただろ。さあ、そろそろ帰るぞ」

 レオンがぶっきらぼうに言った。

 

 そういえば、なんであの時、ゴムが切れたんだろう?


 実はみどりは、ことの真相を未だに聞けないでいた。

 あの時、ゴムが切れた時、なんて声が聞こえたんだっけ?なんか言ってたよな…レオンさんの声だった。ストーカーは、お前だけじゃない、だっけ?それってどう言う意味?自分は天河石からのと同じように、レオンにも『守りの呪文』によって監視されていたのだろうか?もし、監視されていたとしたら、どの程度?

 そこまで考えて、みどりは、いやいや、考えすぎ、と頭を振ってレオンについて行った。

 あの事件のあと、みどりは宮から王宮に連れられて、いろいろな報酬だのなんだのの話を聞かされたりしそうになった。そこを

「この子は疲れているので休ませてくれませんか」

と行ったのは海王石だった。


 みどりはあの後一人寝室をあてがわれて、眠りに入ろうとした。しかし、なかなか寝付けなかった。寝ようとすれば寝ようとするほど、あの水晶玉のことが頭から離れなかった。水晶玉は、みどりの悪口を言うエミちゃんを映し出していた。あれは、真実だ。そして天河石は、魔界の方も見るか、と言った。

 魔界の方もあったのだろうか。本当に、魔界で出会った人たちがみどりの悪口を言っていたのだろうか。

 それを思うと、みどりは、お腹が痛くなって、涙が止まらなくなった。ずっと寝ていたい、このまま泥のようにどこかに沈んでしまいたい、そう思った。

 その時、寝室のドアを叩くものがあった。

「入るよ」

 入って来たのは海王石だった。

「あんたは今日、きついものを見たようだね」


 みどりは黙ってうずくまったまま海王石に顔を向けようとは思わなかった。天河石の話を信じ込んでいたからだ。


「どうして私が、いつも片目を隠しているか、教えてやる」

 思いもかけない海王石の言葉に、みどりは思わず、起き上がった。起き上がったら、海王石がお盆の上にココアのようなものを持っているのが見えた。みどりはそれを差し出され断るわけにもいかず、黙ってそれを口に運んだ。思いがけず美味しい飲み物で、みどりは心がすこし落ち着いた。


「私がいつも片目を隠しているのは、必要のないものまで見える目を持っているからなんだ」

 みどりは黙って海王石の顔を見つめた。

「あんまり詳しく話す気はないが、例えば私には人が嘘をついているかどうかわかる。それに、誠意を持っているかいないかも。まあ、だいたいなんでも見えるんだ。限りはあるがね。でもそういうのは、見えていて気持ちのいいもんじゃない。だから普段は、前髪で目を隠している。でもたまに、見なければならないものが出てくるんで、この目を使う。あんたの周りの人間のこともよく見える。…あんた、私を疑っているようだがね、この目に映る限りは、この魔界に、あんたを不快に思って陰口を叩いたやつなんて、いないよ。」

 みどりは驚いて海王石を見た。

「まだ信じられないって言うのなら、これを見てみるがいい」


 そう言って海王石が、傍に抱えていた風呂敷のようなものから何かを取り出した。

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